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碓氷関 うすいのせき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

碓氷関
うすいのせき

古代東山道の関所。上野国 (群馬県) 碓氷郡にあった。昌泰2 (899) 年9月,東国の治安維持のため足柄関とともにおかれた。現在,関址は不明。また近世の関所は横川 (よこかわ) 関ともいわれ,元和9 (1623) 年の設置以後,明治2 (1869) 年まで存続した。

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大辞林 第三版の解説

うすいのせき【碓氷関】

碓氷峠にあった関所。899年に設置。箱根の関とともに関東に入る要地。近世は、安中藩が守備にあたった。

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世界大百科事典内の碓氷関の言及

【碓氷峠】より

…峠頂上には峠の茶屋ができ,熊野皇太神社の鳥居前町である峠町(現地籍は松井田町と軽井沢町に分かれる)が形成されて,交通がしげくなるとともに〈間(あい)の宿〉としてにぎわった。碓氷関は899年(昌泰2)横川(現,松井田町)に置かれたのが古いが,中山道の関所としては1590年(天正18)碓氷峠に設けられ,1623年(元和9)横川に移された。 1886年中山道は,これまでの道の南に新碓氷峠越えの道(現,国道18号線)が完成し,信越本線開通後は重要度を減じたが,第2次大戦後は交通車両の増加で完全舗装された。…

【関所】より

…三関は789年(延暦8)7月停廃され,それに伴い他の関の勘過機能も消滅していったが,それ以後も重大事発生の際は三関の固関は行われ,また特に辺境の軍事的関は存続したようである。それとともに強盗をなす僦馬(しゆうば)の党の取締りのために,899年(昌泰2)相模国足柄(あしがら)関,上野国碓氷(うすい)関を置いたように,特定の事件,状況に対する治安維持策として軍事的機能をもつ関の新設がなされたが,一般的な交通制限は行われず,全体として古代の関の制度は形骸化していった。【館野 和己】
[中世]
 令制下の古代の関や江戸幕府による近世の関所はいずれも軍事警察上の必要から設置された。…

※「碓氷関」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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