社会主義労働者党[ハンガリー](読み)しゃかいしゅぎろうどうしゃとう[ハンガリー](英語表記)Magyar Szocialista Munkáspárt

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

社会主義労働者党[ハンガリー]
しゃかいしゅぎろうどうしゃとう[ハンガリー]
Magyar Szocialista Munkáspárt

ハンガリー政党。 1948年6月ハンガリー共産党とハンガリー社会民主党が合同してハンガリー勤労者党として結成され,共産党書記長ラーコシ・マーチャーシュが新党書記長に選ばれた。以後,ソ連の力を背景に議会内多数派を占め,社会主義政策を次々と打出した。 53年スターリンの死後ラーコシに代って首相となったナジ・イムレは,柔軟な諸政策 (いわゆる雪どけ) を打出したが,55年4月党中央委員会は,一転してナジを右翼日和見主義であると批判し,政治局および中央委員会から追放,11月除名した。しかし,非スターリン化の流れは「ラーコシ打倒,ナジ復党」の大衆運動にまで発展。党は 56年7月ラーコシを更迭し第一書記にゲレを任命したが,大衆的爆発を押えることができず,10月ハンガリー動乱が発生。この動乱のなかでナジの復党と首相への復帰が一時的に実現したが,11月の第2次ソ連軍介入によって動乱が挫折して以後,ゲレに代って 10月に第一書記 (1985年から書記長) となったカーダールヤーノシュは,党の粛清を強力に推し進め,党を親ソ路線にそって再建,党名を社会主義労働者党に改称した。 68年からは,限定的ではあるが経済自由化を目指す新経済政策を実施した。 1980年代に入ると,経済状況の悪化などにより,指導部に対する不信が高まり,88年書記長をカーダールから首相のカーロイ・グロースに交代,しかし民主化運動の進むなか改革急進派が主導権を握り,89年 10月党大会で,一党支配の放棄と社会民主主義政党への脱皮を宣言し,ハンガリー社会党と改称した。

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