社会現象を社会システムとしてとらえ、システム工学(システム・エンジニアリング)やシステム分析の手法を用いることによって体系的に制御し、社会問題の解決方法を探る学問。システム工学と社会科学とが結合した新しい学際的領域である。日本では東京工業大学や筑波(つくば)大学にこの社会工学の専門的な研究組織がつくられている。
[本間康平]
社会工学の急速な発展を促した背景として、コンピュータリゼーションに象徴されるような脱工業化社会への移行という現代社会の動態がある。そのような流れのなかで、システム工学は、既存のテクノロジーのシステム化を推し進めて研究開発型の体制をつくりあげるとともに、テクノロジー・システムにおける社会的要素ないし人間的要素の重要性が再認識され、これらの要素をシステムのなかに取り込むための方策を求めて社会科学への接近が図られた。これに対して社会科学の研究領域では、イデオロギーから解放された科学として確立し、システム科学や情報科学から理論や発想法を取り入れて社会制度や人間の行動の推移を予測し、現代社会の当面する諸問題を解決するための有効な社会計画をたてなければならないという事態を迎えたため、システム工学へ接近していった。このような両者の事情が社会工学を生み出した。そのため、社会工学は、伝統的な学問体系と異なり、問題解決型の横割りのプロジェクト志向が強い。
[本間康平]
社会工学の成果の一つに社会指標の導入がある。社会指標とは、望ましい社会状態を実現し、人間的な欲求の充足を図るための指標であり、社会の一定の側面について、その状態の認識、その将来の予測、その状態の評価、それに基づく制御という四つの機能をもつ。社会指標は、経済指標としての国民所得の限界を補うものとして登場した。国民所得の統計によれば、経済的な裕福度が上昇しているにもかかわらず、社会問題はいっそう深刻になっているという現象がみられ、それを測定するために社会指標が求められた。その場合、経済的なものと区別された社会的なものには、所得として貨幣量に還元して測定することが可能であるが不適当なものと、貨幣量に還元して測定すること自体が不適切なものとが含まれる。この社会的なものに含まれる諸事象のなかで、数量的表現を与えることができ、量と質との両方の面で代表的な少数のものが選択されて社会指標を構成している。
[本間康平]
社会工学で取り上げる社会システムは、システムを構成している諸変数が一方向的な因果関係でとらえることのできない相互依存関係にある、という特色をもっている。そのため、社会工学は、それぞれの変数がさまざまな方向性をもち、変数相互の間の誘引・反発も多種多様であるという状況のもとで、制御することのできる変数をどのようにして決めればよいのか、どこまで制御することができるのか、さらに、制御すること自体がよいのか悪いのか、といった点への配慮がつねに課題として残されている。
[本間康平]
『K・R・ポパー著、久野収・市井三郎訳『歴史主義の貧困』(1961・中央公論社)』▽『林雄二郎著『社会工学 システムとしてみる社会』(1971・筑摩書房)』▽『R・A・バウア編著、小松崎清介訳『社会指標』(1976・産業能率大学出版部)』▽『W・バックレイ著、新睦人・中野秀一郎訳『一般社会システム論』(1980・誠信書房)』
社会問題の解決や社会システムの制御を,工学的問題解決と同型的な方法論を用いて行おうとする立場をいう。この手法は,経済成長計画や金融財政政策に見られるように,すでに第2次大戦以前に各国に見いだすことができる。すなわち,自然科学の法則的知識を,社会科学の理論的予知に応用して,社会組織の改造や改善の諸計画を立てるという手法である。社会工学が急速に進展した背景には,コンピューターの発達がある。狭義の社会工学は大規模な工学的システムの設計のために開発され,大きな有効性を発揮してきたシステム工学の手法とそれに隣接する社会システム分析の手法を利用し,まず社会システムを,相互連関する一群の変数としてモデル化する。このモデルによって,一定の要因群を変化させた場合にシステム全体がどうなるかという予測と,システム変革のためのさまざまな代替案がどういう優劣をもつかについての判断とが,速やかにできるようになる。このシミュレーションおよび問題解決のための最適解の発見にはコンピューターが使われる。この例としては予算編成におけるPPBS(planning-programming and budgeting system),システムダイナミクス・モデル,企業における経営工学の諸手法,公共政策についてのシステムズ・アナリシス等がある。また〈社会指標〉も,社会システム・モデル作成のうえで,社会工学にとって重要な意義をもつ。社会工学が盛んになったのは1960年代からであるが,その背景には宇宙開発に代表的に示されるようなシステム工学の驚異的な進歩と,その有効性を社会の制御に転用できないかという期待があった。とくにアメリカのシンクタンクは,連邦政府といくつかの州の政策形成に協力することを通じて,社会工学の発達の大きな基盤となった。
社会工学は目的群の設定についての社会的合意がある場合にその最適手段を発見できるという点では,大きな有効性を発揮する。それゆえ社会工学はテクノクラートの発想様式と親和性をもち,しばしば彼らの政策形成努力の一契機となる。しかし社会システムの制御では,工学において成立するような一方向的な主体・客体関係というパラダイムは妥当性をもたず,主体・客体関係はつねに相互作用的である。そのため社会工学は,複数主体の価値判断の多様性や相克性のなかで制御の目的群をどう設定すべきかという点において,また,制御の客体自身が主体性をもち,抵抗や修正要求を行うことによって制御の実効性がそこなわれる点において,さらに,どのような支配構造のなかで制御努力が行われているのかについて無批判的である点において,その限界性を示す。
思想史的にみるならば,K.R.ポッパーの提唱した〈漸次的社会技術piecemeal social engineering〉の理念を,科学的知識に基づいた社会の制御という面から,社会工学的実践の一つの源流と考えることができる。だがポッパーの理念の真髄が,自分自身の認識や判断の能力に対する自己懐疑的・自己批判的姿勢と,起こりうる過誤に対する慎重な警戒にあることを考えれば,現実に行われてきた社会工学的実践とポッパーの精神との間にはしばしば大きな距離がある。
執筆者:船橋 晴俊
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ハーバード大学に学び,弁護士実務に従事しつつネブラスカ,シカゴ大学等で教鞭をとり,1910年よりハーバード大学教授。法を目的のための手段とする視点から,法学はたんに条文や判例の研究だけでなく,社会に存在するさまざまな利益を認識し,それを一定の基準に基づいて取捨する社会工学social engineeringであるべきだとし,社会学的法学sociological jurisprudenceを提唱した。また,ヨーロッパの法学や法史についての該博な知識をもとに,法史を動態期と静態期の交替としてとらえる法史観を提唱,19世紀の静態期を経て,20世紀は法の動態期であるとした。…
…この問題をさらに厳密に考えぬき質量,力,エネルギー,原子,時間,空間といった近代科学の基本概念を,実体的なものの表現としてではなく,現象相互の関係やその変化を法則的に表現しようとする関数概念と解すべきだと説くカッシーラーの主張(《実体概念と関数概念》1910)なども,〈機能(関数)主義〉とよばれてよい。 一方,個別科学の領域で機能主義的と見られるのは,心理学においてはW.ジェームズの流れをくむデューイやJ.R.エンジェルらの機能心理学,それを継承するJ.B.ワトソン,G.H.ミードらの行動主義心理学,民族学や人類学の領域ではデュルケームの影響下に立つB.K.マリノフスキー,ラドクリフ・ブラウンらの機能学派,経済学におけるベブレンの制度学派,法学ではR.パウンドの社会工学,G.D.H.コールらギルド社会主義者の機能的国家論などである。しかし,この場合も,たとえば心理学における機能主義が,意識をその内容にではなく作用に即して考察し,その生物学的意味を解明しようとするものであり,C.ダーウィンやH.スペンサーの進化論の強い影響下に発想されたものであるのに対して,人類学におけるそれは,むしろ歴史主義や進化主義への批判から出発し,社会や文化を孤立した要素の複合体と見る従来の考え方に反対して,現存の制度や慣習の機能を全体としての文化や社会との関連のうちで解明しようとするものである。…
…ハーバード大学に学び,弁護士実務に従事しつつネブラスカ,シカゴ大学等で教鞭をとり,1910年よりハーバード大学教授。法を目的のための手段とする視点から,法学はたんに条文や判例の研究だけでなく,社会に存在するさまざまな利益を認識し,それを一定の基準に基づいて取捨する社会工学social engineeringであるべきだとし,社会学的法学sociological jurisprudenceを提唱した。また,ヨーロッパの法学や法史についての該博な知識をもとに,法史を動態期と静態期の交替としてとらえる法史観を提唱,19世紀の静態期を経て,20世紀は法の動態期であるとした。…
※「社会工学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加