改訂新版 世界大百科事典 「社会的厚生」の意味・わかりやすい解説
社会的厚生 (しゃかいてきこうせい)
social welfare
ある社会状態から人々が享受する厚生(主観的満足の数値的尺度)は,評価する個人により一般に異なるであろうし,そもそも一人の個人についてさえ,その厚生をいかに把握すべきかは自明ではない。まして多数の個人から成る社会全体の厚生すなわち社会的厚生は,人の社会観を反映して多様に定義されるであろう。いかなる定義によろうとも,社会的厚生は種々の経済的・非経済的な要因に影響を受けようが,とくに直接または間接に貨幣という測定尺度に関連づけられる部分を,A.C.ピグーは経済的厚生と呼んだ。経済的厚生に影響する要因を研究し,それをできるかぎり高めるための制度と政策のあり方を考察するのが,厚生経済学である。
ところで,個人の厚生を定義する一つの方法は,それを個人の自発的選択行動と結びつけることである。すなわち,もしある個人にA,Bという二つの選択肢が提供されたとき,彼がBを捨てAを選ぶならば,この個人がAから受ける厚生はBから受ける厚生より大きいと呼ぼうというのである。この理解によれば,厚生はその大小関係のみが意味をもつ序数的概念となる。しかし,ピグーの〈旧〉厚生経済学にあっては,ある個人にとってのAとBとの厚生の差がCとDとの厚生の差と比較できるという意味で,厚生は基数的な概念であると考えられていたのみならず,ある個人がAから受ける厚生を,別の個人がBから受ける厚生と比較しうるという意味において,厚生の個人間比較もまた可能であるとされた。個人の厚生がこのように理解されるとき,社会的厚生が全個人の厚生の和としてとらえられ,厚生経済学がベンサム流の功利主義と直結していくのは,必然ではないまでも自然ではあった。
これに対し,1930年代に誕生した〈新〉厚生経済学は,厚生概念の序数性と個人間比較不可能性を承認することから出発し,資源配分の効率性に射程を絞り,分配の公正に関する価値判断を意識的に排除することによって,厚生経済学の〈科学性〉を確立しようとしたのである。しかし分配の公正に関する価値判断そのものは経済学が定めうるものではないとしても,社会において関心の対象とされる価値判断が資源配分に対していかなる帰結を生むかを調べることは,依然として〈科学的〉研究の興味ある課題である。バーグソンAbram Bergson(1914-2003)およびP.A.サミュエルソンにより提唱された社会的厚生関数social welfare functionは,このような研究プログラムを形式化した道具概念として導入されたものである。
これは各個人への厚生分配の態様に応じて社会的厚生水準を指定する実数値関数であって,その対応規則のうちに分配に関する価値判断が結晶化されているものとされる。現代の厚生経済学の大綱はバーグソンおよびサミュエルソンが築いたこの基礎の上に立っており,またこのような関数の構成可能性を問うことから社会的選択理論という現代経済学の重要分野が誕生した。
→厚生経済学
執筆者:鈴村 興太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報