禅昌寺(読み)ぜんしようじ

日本歴史地名大系 「禅昌寺」の解説

禅昌寺
ぜんしようじ

[現在地名]須磨区禅昌寺町二丁目

妙法寺みようほうじ川中流域東岸にある臨済宗南禅寺派の寺。神撫山と号し、本尊十一面観音。黒川大明くろがわだいみよう(現生野町)開山月庵宗光が貞治年間(一三六二―六八)行道の便に円通えんつう(現竹野町)大同だいどう(現山東町)とともに建立(大明禅寺開山月庵和尚行実)。旧蔵していた北宋―南宋時代の一切経(京都南禅寺蔵)は奥書によると応永元年(一三九四)から永享七年(一四三五)にかけて収集されたもので、「大宝積経十四」の奥書には「応永元年甲戌孟夏日 筑前州博多津居奉三宝弟子慶安、永充摂州帝釈之禅昌禅寺」とある。


禅昌寺
ぜんしようじ

[現在地名]萩原町中呂

中呂ちゆうろ集落の南東山麓、字龍之沢りゆうのさわにある。龍沢山と号し、臨済宗妙心寺派。本尊は釈迦如来(県指定重要文化財)。古くは大雄山円通えんつう寺といい、かつては桜洞さくらぼらにあって恵心僧都作といわれる観音菩薩(現禅昌寺円通閣本尊、県指定重要文化財)を祀っていたが、永和三年(一三七七)京都南禅寺派の僧竹処崇園を住職として再興され、勅願所となったという(益田郡誌)。竹処崇園は春日版の大般若経六〇〇巻を求めて、応永二年(一三九五)安国あんこく(現吉城郡国府町)にある大蔵経と照らし合せたことが、禅昌寺蔵大般若経奥書(第一三巻など)に記される。


禅昌寺
ぜんしようじ

[現在地名]山口市大字下小鯖

佐波さば(鯖山)麓にあり、曹洞宗。宝幢山と号し、本尊釈迦如来。

法幢山禅昌寺之由来(「寺社証文」所収)によれば、応永三年(一三九六)に能登の慶屋定紹によって開かれた寺で、開基は大内義弘。義弘は加賀大乗だいじよう(現石川県金沢市)から防州を訪れた慶屋の法徳を慕い、大寺を建立して開山とし、小鯖おさば庄三千貫を寄進しようとしたが、慶屋はこれを断り、ただ春秋二季の防長二国の頭陀行の許可を願った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

事典・日本の観光資源 「禅昌寺」の解説

禅昌寺

(兵庫県神戸市須磨区)
新・こうべ花の名所50選指定の観光名所。

禅昌寺

(岐阜県下呂市)
ぎふ百選」指定の観光名所。

出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報

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