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程硯秋 ていけんしゅうCheng Yan-giu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

程硯秋
ていけんしゅう
Cheng Yan-giu

[生]光緒30(1904)
[没]1958
中国の京劇俳優。若いときは程艶秋と書いていた。梅蘭芳らとともに京劇の四大名旦 (女方) に数えられた。生来の悪声を努力と工夫によって改良し,独特の節回しによる発声を確立。その発声と節回しを生かした悲劇調のものが得意で,『玉堂春』その他の当り役が多い。また『荒山涙』などの新作にも意欲的だった。 10年あまり俳優の養成所を経営したり,『劇学月刊』という演劇誌を刊行するなど多方面で活躍。第2次世界大戦前ヨーロッパに,1955年にベルリンに外遊し見聞を広め,革命後は京劇の指導者として後進の養成に尽した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ていけんしゅう【程硯秋 Chéng Yàn qiū】

1904‐58
中国の京劇の俳優。原名は程艶秋。字は玉霜,のち御霜。北京の人。満州貴族の出といわれる。良家の子女役である青衣を演じたが,そのすすりなくような曲折に富む哀怨のふしまわしは,〈程派〉の名で世に称せられた。女方の名優梅蘭芳,尚小雲(1899‐1976),荀慧生(1899‐1968)らとともに四大名旦に数えられる。日本の華北占領時期,農村に深居して演出を拒否したという挿話は,彼の硬骨を示すものである。解放後は,中国戯曲研究院副院長の任にあたり,古典演劇史と演劇理論の研究にも意をそそいだ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

程硯秋
ていけんしゅう / チョンイエンチウ
(1904―1958)

京劇俳優。女方。北京(ペキン)出身。演劇は人生の目標を高める意義を備えるべきだという演劇観をもち、『鎖麟嚢(えにし)』『荒山涙(こうざんむせぶ)』『春閨夢(しゅんけいむ)』などで、封建社会の圧迫にも屈せず重なる不幸に耐える女性を哀愁のなかにも淡雅に凛然(りんぜん)と表現した。伝統劇理論の研究を積み、多くの戯曲を改作・自作上演し、つねに時代と人民の要求を反映させた。メロディーの組合せで単調さを破る独自の改良は、京劇女方の歌唱芸術に影響を与えた。程派の演技は李世済(りせいさい)、趙栄(ちょうえいたん)らによって継承され、『荒山涙』の舞台は呉祖光(ごそこう)監督で1956年に映画化された。『程硯秋演出(じょうえん)劇本選集』などの著作がある。[中野淳子]

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