エッセイスト、文芸評論家、ドイツ文学者。東京生まれ。東京大学文学部独文科卒業。大学在学中は同級生であった松山俊太郎(1930―2014、インド学研究者)、石堂淑朗(としろう)(1932―2011、脚本家)、宮川淳(美術批評家)、阿部良雄(1932―2007、フランス文学者)らと親しく、毎日のようにカストリ焼酎を飲み交わしては文学論議に耽(ふけ)ったという。卒業後は出版社に勤務し、週刊誌記者などを務めた。1966年(昭和41)、矢川澄子(1930―2002)とともにグスタフ・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界――マニエリスム美術』を翻訳。マニエリスムをルネサンス末期の一様式ではなく、西洋美学の伝統における重要な要素としてとらえた本書は、美術の領域にとどまらない大きな影響を与えた。以降、建築家でもある奇想作家パウル・シェーアバルトPaul Scheerbart(1863―1915)の『小遊星物語』(1966)、現代ドイツの寓話作家ハンス・ヘニー・ヤーンの『十三の不気味な物語』(1967)、マゾヒズムの語源にもなったオーストリアの作家ザッヘル・マゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』(1976)等、ドイツ語圏の異端の著作家を中心に翻訳を続ける。そのかたわら、文学、美術、思想、宗教に及ぶ広範な知識に裏打ちされたエッセイを執筆。それらは『怪物のユートピア』(1968)、『ナンセンス詩人の肖像』(1969)、『吸血鬼幻想』(1970)として次々に上梓(じょうし)された。それらの多くは、古代から現代までの広大な歴史から渉猟(しょうりょう)された奇想、奇人の数々を、現代の事象にもからめつつ、縦横無尽に語っていくというスタイルをもっていた。
一方で錬金術、悪魔学といった西洋オカルティズムの系譜にも造詣(ぞうけい)を深め、それらは『薔薇十字の魔法』(1972)、『悪魔礼拝』(1974)といった著作として結実した。1960年代から1970年代にかけての一時期、神秘主義や疑似科学、精神病者による芸術活動など、西洋の隠されてきた知的伝統のもっとも鋭敏な紹介者として、澁澤龍彦と相並ぶ地位を占めていた。また三島由紀夫や土方巽(ひじかたたつみ)、人形作家四谷シモン(1944― )といった他領域の表現者たちとの活発な交友も相まって、当時興隆したアングラ文化の知的パトロンの一人といった相貌(そうぼう)も帯びていた。だが澁澤の魅力がナルシスティックともいえる端正さへの意志にあったとすれば、種村のそれは根底に流れるニヒリズムと、高踏とは無縁な暗い諧謔(かいぎゃく)にある。種村は少年期、生地池袋の闇市(やみいち)の猥雑(わいざつ)でアナーキーな人々の群れに強く惹(ひ)かれたという。その刹那(せつな)的ともいえる生命の発露への親近は、種村のエッセイの基調にあるものである。現代日本が排斥してきたいかがわしい裏町やうらぶれた見世物などへの偏愛は、その後の『食物漫遊記』(1981)、『日本漫遊記』(1989)、『徘徊老人の夏』(1997)などに引き継がれ、その文体はますます軽みと洒脱(しゃだつ)さを加えていった。他のおもな著作に19世紀はじめバイエルン王国に現れた奇怪な少年をめぐる『謎のカスパール・ハウザー』(1983)、宗教的幻視者として医学、美術、音楽にわたる知的体系を築いた修道女について書かれた『ビンゲンのヒルデガルトの世界』(1994。芸術選奨文部大臣賞、斎藤緑雨賞受賞)などがある。また古今東西の優れた幻想文学の発掘者としての評価も高い。
[倉数茂]
『『日本漫遊記』(1989・筑摩書房)』▽『『怪物のユートピア』(1991・三一書房)』▽『『ビンゲンのヒルデガルトの世界』(1994・青土社)』▽『『徘徊老人の夏』(1997・筑摩書房)』▽『『種村季弘のネオ・ラビリントス』8巻(1998~1999・河出書房新社)』▽『『吸血鬼幻想』『薔薇十字の魔法』『悪魔礼拝』『謎のカスパール・ハウザー』(河出文庫)』▽『『食物漫遊記』(ちくま文庫)』▽『『ナンセンス詩人の肖像』(ちくま学芸文庫)』▽『グスタフ・ルネ・ホッケ著、種村季弘・矢川澄子訳『迷宮としての世界――マニエリスム美術』(1966・美術出版社)』▽『ハンス・ヘニー・ヤーン著、種村季弘訳『十三の不気味な物語』(1984・白水社)』▽『オスカル・パニッツア著、種村季弘訳『パニッツァ全集』3巻(1991・筑摩書房)』▽『パウル・シェーアバルト著、種村季弘訳『小遊星物語』(平凡社ライブラリー)』▽『ザッヘル・マゾッホ著、種村季弘訳『毛皮を着たヴィーナス』(河出文庫)』
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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