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宮川淳 みやかわ あつし

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

宮川淳 みやかわ-あつし

1933-1977 昭和時代後期の美術評論家。
昭和8年3月13日生まれ。NHKにはいる。昭和38年「アンフォルメル以後」で芸術評論賞をうけた。のち成城大教授。西洋近代美術史を研究し,前衛美術の評論で活躍。昭和52年10月21日死去。44歳。東京出身。東大卒。著作に「鏡・空間・イマージュ」「引用の織物」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

みやかわあつし【宮川淳】

1933‐77(昭和8‐52)
美術批評家。東京生れ。東大文学部卒。1963年の論文《アンフォルメル以後》によって,美術史を様式概念の交代としてとらえる見方を批判し,現代芸術の状況を〈表現行為の自己目的化〉と特徴づける。《鏡・空間・イマージュ》(1967)において,イメージを何ものかの再現としてではなく,〈表面〉そのものに成立する〈見ないことの不可能性〉のうちに定義しようとする。〈表面〉の背後に〈言語の根源的体験〉を想定して,表現行為一般に関する哲学的思索に踏み入り,同時代フランスの先端的な思想を踏まえつつ,日本の前衛的な文学・芸術思考に影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宮川淳
みやかわあつし
(1933―1977)

美術批評家。東京生まれ。外交官の息子で、高校2年のころからフランス語を学び始める。1951年(昭和26)、東京大学入学。文学部美術史学科に進学した53年より種村季弘(すえひろ)、阿部良雄(1932―2007)らとフランス語テクストの読書会を開始。晩年まで続いたこの読書会ではブルトン『シュルレアリスム宣言』(1924)を皮切りに、ボンヌフォア、ブランショ、ポーラン、バタイユ、ラカン、バルト、デリダなどが読まれ、64年には豊崎光一(1935―89)が、マラルメを主たる対象に据える74年ころからは渡辺守章(もりあき)(1933― )や菅野昭正(かんのあきまさ)(1930― )が加わった。55年に大学を卒業、NHKに就職するが、翌56年に美術論の翻訳にかかわったのをきっかけに美術批評を発表した後、63年4月、「アンフォルメル以後」が美術出版社「芸術評論」一席入選作になり、以後美術批評家として本格的活動を開始。65年にはNHKを退職、成城大学文芸学部講師となり、西洋美術史を講ずる。69年、同大学助教授。70年代には東京大学、東京都立大学でも教鞭(きょうべん)をとり、バルト、デュシャン、ブランショ、デリダ等のテクストを講読した。77年10月21日、肝臓癌(がん)により死去。享年44歳。
 「アンフォルメル以後」入選の辞を「ポレミークが生まれるために」と題したことからも知られるように、美術ジャーナリズムの世界における宮川淳は、自覚的に論争的存在であろうとした。「アンフォルメル以後」以来明確に打ち出されるのは、何ものかの表現としての芸術という観念を疑わず、ただ表現にふさしい様式が永久に交替していくばかりだという従来の美術史観への根底的な批判であり、ハイデッガーにおける存在的/存在論的の区別にならって表現的次元とは区別される表現論的次元の強調である。アンフォルメルやアクション・ペインティング以後に露呈したものとは「表現行為の自己目的化が表現主体の唯一のアンガジュマンたらざるをえないという現代の逆説」にほかならないのであってみれば、表現に先立つ現実(外的なものであれ、内的なものであれ)の表現という図式を温存したまま繰り返される抽象/具象の二元論は、もはや問題とはなりえないのだ。それ自体としてこのうえなく論争的なこうした美術史的認識は、当時人口に膾炙(かいしゃ)した「反芸術」なる言葉の解釈をきっかけとして、当の言葉の発案者たる東野芳明(とうのよしあき)との間により具体的な論争を引き起こすことになった。「反芸術 その日常性への下降」、および東野による批判(「異説・反芸術――宮川淳以後」)に応えた「『永遠の可能性』から不可能性の可能性へ」(ともに1964)では、セザンヌがサン・ビクトワール山を描いたのと同様にポップ・アーティストたちは彼らにとっての自然であるマスメディアのイメージを描き出すという東野の認識が、抽象絵画における内的な表現の行き詰まりから反芸術における事実的な世界の回復へという二元論ともども非歴史的であり、たんに表現的次元での議論であるにすぎないとして批判され、アクション・ペインティングにおいてと同様ポップ・アートにおいても、問題となるのは表現過程の自立を通しての、現実という古典的な概念の空無化、この「表現論的な次元での価値転換」にほかならないのだと説かれている。
 こうした議論は、しかし、美術ジャーナリズム内部での論争的文脈のみに限定されない宮川に固有の関心事、イマージュの問題と深くかかわっていた。実際、とりわけ70年代の彼は狭義の美術批評を離れて「現代のイマジネールの構造」の究明に意を注ぐことになるが、その端緒というべき『鏡・空間・イマージュ』(1967)には、「反芸術」をめぐる上述の論考が、そのポレミックな性格をなかば消されたかたちで組み入れられている。そこで彼は、「いかにして絵画をファースト・ハンドの〈現実〉にするか」(レオ・スタインバーグLeo Steinberg(1920― ))という20世紀前半の美術の努力は、繰り返し批判されるサルトルの想像力論と同様、「イマージュの危険な魅惑」――何かに似ており、しかしけっしてその対象それ自体ではないこと、それゆえの「自己同一性の間隙」の出現――を消滅させてしまうと断定し、そしてマスメディアに与えられた内発的ならざるイマージュをそのままに提示するポップ・アートの作品のうちに、事物への回帰ではなく「似ている」ものとしてのイマージュそれ自体への回帰を、またさらに進んで、芸術における表現過程の自立に対応する、コミュニケーション過程の個人からの自立、コミュニケーションそれ自体のコミュニケーションという現代の主導的傾向をみて取ろうとする。ジャスパー・ジョーンズの絵画とブランショの文学論が響き合う『鏡・空間・イマージュ』の性格は、後の『紙片と眼差とのあいだに』(1974)、『引用の織物』(1975)にも一貫したものであるが、アメリカの現代絵画と現代ヨーロッパの文学や人文科学を結び付けるこの「奇妙な興味」を支えているのは、透徹した歴史把握と認識の力にほかならない。病没後まもなく、生前から準備されていた『美術史とその言説』(1978)が出たほか、『宮川淳著作集』全3巻(1980~81)が編まれた。ブルトン、ボンヌフォア、クロソウスキー、フーコーなどの翻訳でも知られる。[片岡大右]
『『鏡・空間・イマージュ』(1967・美術出版社) ▽『紙片と眼差とのあいだに』(1974・エパーヴ) ▽『引用の織物』(1975・筑摩書房) ▽『美術史とその言説』(1978・中央公論社) ▽『宮川淳著作集』全3巻(1980~81・美術出版社)』

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世界大百科事典内の宮川淳の言及

【アバンギャルド】より

…だが,それらは多くマス・メディアと最新のテクノロジーに支えられて,やすやすと大衆社会に受容され,体制内に統合されて,異端や反逆としての牙をもぎ取られてしまう。日本では60年代の末,宮川淳が,多様な〈反芸術〉も制度としての芸術を少しも変えなかったばかりか,〈芸術の消滅不可能性〉を逆説的に証明した,と指摘したが,大阪万国博(1970)に多くの前衛芸術家が動員されたのが,その象徴となった。こうして70年以降は,イタリアの〈トランス・アバングアルディアtrans‐avanguardia(超前衛)〉をはじめ,前衛芸術の概念への不信と批判が国際的に高まり,ブラジルの評論家フェレイラ・グラールの著書《前衛と低開発》のように,西欧の前衛芸術がロマン主義以来の脱出願望を引き継ぐ以上,第三世界の現実に機械的に導入しても不毛だ,という批判も起こっている。…

【現代美術】より

…むしろ,様式や感性の点ではすでに近代とは異質な現代に踏み込んでいるにもかかわらず,価値概念の面ではいまだに近代に拘束されてあるほかはないというこの矛盾した状況そのものこそが,美術上の〈現代〉の,すなわち〈現代美術〉の最も本質的な特徴をなしていると考えるべきである。したがって現代美術とは,この〈様式概念としての現代と価値概念としての近代の矛盾〉(宮川淳)の状況があらわになったことをもって始まったのであり,つまりネオ・ダダないし反芸術的動向からコンセプチュアル・アートにかけての時期,ある幅をもった時期のなかで開始されたのである。そして当然ながらそれは近代の終息期と重なっている。…

【美術批評】より

… 日本における美術批評的言説は,世紀末の岡倉天心や森鷗外の活動に始まり,1907年の文展開設以後のジャーナリズムに大きな位置を占める。1910年代の《白樺》による批評,20年代以降の前衛的な批評,わけても滝口修造(1903‐79)の1930年代,50年代の仕事,宮川淳(1933‐77)の60年代の仕事が,創造的な批評として特筆に値しよう。美術批評【阿部 良雄】。…

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