翻訳|fur
哺乳類の皮膚をはいで,毛をつけたままなめしたものを毛皮(けがわ)/(もうひ)という。これに対して毛を除く処理をしてなめしたものを革(かわ)という。毛皮は古くから優れた防寒衣料として用いられ,またその希少価値から高価な装飾品として取り扱われるが,毛皮動物の養殖の成功と加工技術の進歩によって大衆化されてきた。
動物の毛は表皮が変化して角質化したもので,その主成分はケラチンというタンパク質である。毛根から発生し,毛の外側は鱗片状の毛表皮(または毛小皮,クチクラ)に覆われ,内部に毛皮質,中軸に毛髄質,気室がある。動物の毛は剛毛,粗毛(刺毛(さしげ)),綿毛の3種に区別される。剛毛は動物の口ひげにみられ,平滑でまっすぐに伸び,数は少ない。粗毛はまっすぐで長く,光沢がある。綿毛は粗毛の下に密生している細毛で,防寒の役目を果たし,多くは波状に巻いている。ウシ,ウマの体毛は粗毛の代表的なもので,綿毛の代表的なものは改良されたメンヨウの毛である。毛皮用に供される動物は100種以上にのぼるが,動物の希少価値,毛皮製品の使用性に応じて,その経済的価値には大きな差異を生ずる。高級毛皮としては,ミンク,キツネ,テン,チンチラ,カラクールなどがある。ミンク,キツネなどが飼養され,またメンヨウ,ヤギ,ウサギなどの家畜が多く利用されている。野生動物の保護のためワシントン条約があり,学術研究以外に国内に持ち込むことが禁じられているものも多い。品質は装飾性,保温性のほかに,耐久性にとむものがよいとされるが,毛皮の良否は気候風土,飼養条件などに左右されるものであり,冬季のものが優れ,換毛期のものは価値がない。
→毛
剝皮後の毛皮は,通常,乾燥,塩蔵,塩乾(塩蔵処理後乾燥)などの保存処理を行って原料毛皮とされる。製造工程は原料毛皮によって異なり,高級毛皮ではできるだけもとの毛の価値を損なわないようにし,メンヨウ,ウサギなどは染色,仕上げによって高級品化する処理がとられる。製造工程は革製造のように明確な区分はなく,ドレッシングと称する原料毛皮→準備作業→なめし作業→加脂までの処理と,仕上げの漂白,染色(高級品化処理)→機械的作業および縫製の順序で行われる。
準備作業では水づけで乾皮,塩皮を吸水軟化させて生皮の状態にし,フレッシングマシンまたは銓刀(せんとう)という半月形の刀で,皮の肉面の結合組織や脂肪を除き,次いで洗剤,有機溶剤などで脱脂を行う。なめしは毛皮の種類,利用目的,地域的,経済的条件に応じて次の方法がとられる。(1)アルミニウムなめし(ミョウバンなめし) 白色柔軟で伸長性があるが,耐水耐熱性に劣る。(2)クロムなめし 耐水耐熱性に優れ,じょうぶで染色用毛皮に適しているが,淡青緑色に着色する欠点がある。(3)ホルムアルデヒドなめし,グルタルアルデヒドなめし ミョウバンなめしと組み合わせて行い,耐水性が向上する。後者は耐汗耐水性に優れている。ミンクはもとの毛色を損なわないよう加脂をよくし,なめしを強く行わない。なめしがおわると,加脂をして皮繊維間に油脂を浸透させて,適当な柔軟性と伸長性を与える。また必要に応じて漂白も行われる。染色は毛皮の装飾性を高めるために行う作業で,ウサギ皮の価値を向上させたり,高級毛皮でも色の改善や多くの数を同色にするために行われる。仕上げ作業では加脂または染色後乾燥してから,適当に湿気を与えて揉(も)みと伸ばしを行って皮繊維をほぐして柔軟にする。次につや出しを行ってから金櫛(かなくし)または梳毛(そもう)機で櫛掛けをし,剪毛(せんもう)機で均一の毛長に刈り込んで柔軟な感触を付与する。この後,製品に応じて色合せ,裁断,縫製の工程に入り,製品化される。
執筆者:和田 敬三
湿気と熱は毛皮の大敵である。雨にあったら,逆さにして軽く振り,水分をはじき飛ばす。毛足の短いものは,乾いた布で毛並みにそって静かに湿気をふきとる。あとはハンガーにつるして数時間陰干しにする。アイロンやストーブで乾燥させるのはよくない。日光にさらすことも避ける。熱を加えると,毛のつや,しなやかさが失われ,変化するおそれがある。毛皮は脂肪分を含み,ほこりがつきやすいため,着用後はブラシを使わず軽く振るか,しなやかな籐のむちなどで静かにたたいてほこりを落とす。襟や袖口の汚れは,少しぬらした清潔な白布でふき,しょうゆやジュースをこぼしたときは,すぐ固く絞った布でたたくようにふく。熱湯は用いないこと。油汚れと汗は,消毒用エタノールに酢を少々入れ,水で2倍程度に薄めた液でふく。スワカララム,シール,ビーバーにはベンジンをしみこませた綿かガーゼでなでるようにする。いずれの場合も,最後に風通しのよい所で陰干しにする。汚れを放置すると,カビが生える原因となるので,つねに清潔に保つ。季節外には,十分に手入れしてから桐の箱やたんすなど湿気の少ない冷暗所に保管する。防虫剤(ショウノウが好適)は紙か布に包んで,直接毛皮に触れないようにする。いったん虫がつくと,毛の中に卵を産みつけ,食い荒らすので,防虫剤は不可欠だが,2種類以上の防虫剤を入れると,化学変化を起こしてシミを作ることがある。全体に汚れてきたら,3~4年に一度,毛皮の知識のある業者にクリーニングを依頼する。
衣服に毛皮を利用する慣習は,ヨーロッパでは古い伝統があり,商業史においても,毛皮は長いあいだ主要な商品としての地位を占めてきた。新石器時代の終りごろ,地中海沿岸や小アジアに定着して農耕や牧畜を営んだ人々のあいだでは,衣服は皮革から麻や羊毛の織物に移行し,その縫製技術も進んだ。青銅器時代には〈コハクの道〉を通じて,織物の衣服は北ヨーロッパにも伝播(でんぱ)するが,北方民族のゲルマン人のあいだでは,防寒衣としての毛皮への依存度は依然として高かった。紀元前後のカエサルやP.C.タキトゥスの証言でも,ゲルマン人は〈獣皮もしくはトナカイの短皮〉や〈海獣の斑点のある毛皮〉を着用していたとされる。スウェーデン系バイキングの〈ルーシ人〉がボルガ上流地方へ進出したのも,ノルウェー系バイキングがアイスランドからグリーンランドに植民し,さらに新大陸北部に雄飛したのも,一つには毛皮の獲得に動機があった。またドイツ商人が12世紀以来,リューベックからバルト海地方に乗り出し,バイキング商業に割りこんでいったのも,やはりロシア産毛皮に目をつけたからである。
深い森にとざされ,寒冷な気候の北ヨーロッパでは,動物の毛皮は生活に欠かせない必需品で,チュニックやマントなどの外衣のほか,ズボンや手袋にも利用された。一方,地中海世界のローマ人は,はじめは毛皮を女性的な奢侈(しやし)品と考えていたらしいが,帝政時代からビザンティン時代を通じて,装飾的な衣服として,毛皮を着る風習が上層社会に広まった。封建時代の西ヨーロッパでも,貴婦人や領主階級のあいだでは見た目に美しいリスの毛皮や,クロテン,シロテン(アーミン)の毛皮が喜ばれた。中世末期には毛皮のファッション化も進み,貴族や市民上層では絹やビロードの布地に,毛皮の飾りを襟,裾,袖口などにつけることが流行した。これに対し民衆は,ロシアなどの外国産毛皮(テン,カワウソなど)が衣服規制令の対象となっていたこともあって,もっぱら防寒用に国内産の子ヤギ,ヒツジ,ときにはアナグマ,キツネなどの毛皮で裏打ちされた外衣を常用していた。16世紀以来,上流社会で外国産毛皮の需要がますます高まり,新興のロシア帝国使節がヨーロッパの宮廷にみやげとして持参したクロテンなどの毛皮は,40万枚にも達したという。外国産毛皮の主産地は中世以来ロシアの大森林(タイガ)で,15世紀にグリーンランドのノルウェー人植民地が滅亡したのも,ヨーロッパがロシアから上質の毛皮を容易に手に入れることができたのが一因であった。ロシア人が16世紀末以来シベリアに,18世紀にはアラスカに進出したのも,毛皮がロシアの外国貿易の主要な輸出品だったからである。また17世紀にフランス人がカナダ探険に乗り出し,イギリス人がハドソン湾会社を設立したのも,未開の大森林にひそむ毛皮獣から豊かな商業上の利益をひき出すためであった。
執筆者:井上 泰男
毛皮は古来ロシアの重要な輸出品の一つだった。ロシア平原に広がる深く大きな森林は,東方諸国やヨーロッパで珍重された種々の毛皮獣,すなわちクロテン,テン,オコジョ,リス,ビーバー,カワウソ,キツネなどの宝庫だったからである。毛皮類はすでにキエフ時代(9~12世紀)の初期からバルト海経由で西ヨーロッパに,ボルガ川・カスピ海経由で東方諸国に,ドニエプル川・黒海経由でビザンティン帝国などに広く輸出されていた。13世紀に始まるモンゴル支配期にも毛皮交易は断絶しなかった。13~15世紀を通じて,ロシア毛皮はハンザ商人によるバルト海貿易の主たる取引品目であり,ノブゴロドにあるハンザ商館からドイツ諸都市やフランドルに搬出された毛皮(とくにリス毛皮)は毎年数十万枚に達した。ノブゴロドがハンザ同盟との交易の窓口だったのに対し,同時期のモスクワはタナ,カッファ,スダクなど黒海沿岸のイタリア植民都市を通じて地中海地域や東方諸国に輸出した。14~15世紀のモスクワとノブゴロドがドビナやペチョラなど北部地方の支配権をめぐって争ったのは,北部ロシアが当時の最も豊かな毛皮産地だったからである。
しかし,ロシアの毛皮産業と毛皮交易が最盛期を迎えるのは,国内の政治的統一を果たしたモスクワ国家がシベリアへの進出を開始した時代以後,とくに16~18世紀のことである。ウラル山脈から太平洋までの広大な空間は,当時ほとんど無限の毛皮資源の宝庫であり,毛皮産業の中心は完全にロシア平原からシベリアに移った。シベリアの開発は,コサックの征服活動に先導された毛皮商人の進出によって急速に進んだが,豊富な毛皮は商人たちよりもむしろモスクワ政府の手に握られた。ボルガ沿岸地方でもシベリアでも,政府は征服した非ロシア系少数民族からヤサクと呼ぶ一種の貢税を,クロテン,テン,ビーバー,キツネなどの毛皮の形で徴取した。商人が買い占めた毛皮からも,その最良の部分の10分の1を税として納付させた。こうして集められた大量の毛皮の一部分は,ツァーリから臣下や外国使節への贈物に使われたり,不足する貨幣に代わる支払手段として利用されたりもしたが,大部分は特権商人に委託されるなどして,国内市場やヨーロッパおよび東方諸国の市場でさばかれ,重要な国家財源となった。
16~17世紀には無尽蔵と思われたシベリアの毛皮も,乱獲によって減少しはじめる。18世紀になって,乱獲による毛皮獣の減少から,ヤサクの減収や滞納が目だつようになると,ロシア政府はシベリアにヤサク委員会を設けて,毛皮徴取の方法などを改善整備するが,減少傾向はくい止められず,19世紀の毛皮生産はかなり後退する。クロテン,テン,カワウソの減少は著しく,とくにビーバーやラッコは完全に捕り尽くされた。しかし現在もなおロシアは世界有数の毛皮産出国であり,幾種類かの高級毛皮を国際市場に送りだしつづけている。
執筆者:松木 栄三
エスキモーをはじめ北方民族で最も愛用されているのは,優れた保温力をもつカリブー(トナカイ)の毛皮であろう。次いでアザラシの皮が多用されている。またオオカミの毛皮は多量に入手できないが,最も保温性に富むところから,手袋として珍重されている。エスキモーの毛皮の使用例をみると,彼らは-40℃にもなる野外の活動には,アノガジェと呼ばれている毛皮の衣服を身につける。上衣はカリブーの毛皮を外側にして作り,それにオオカミの毛のついたフードをとりつける。下着はカリブーの毛を内側にして仕立てる。首と袖口の部分をきっちり止めるようにして,全体をゆったりと大きめに作り,服と体のあいだに温かい空気の層ができるように配慮してある。雪靴は,アザラシの毛皮を外側に,カリブーの毛皮を内にして縫い合わせて作る。さらに,その外側を防水用のアザラシの皮で覆うという万全のものである。服は,骨製の大小の針や,ハリネズミの針(アメリカ・インディアンの場合)と,獣の腱を細くさいた糸を用い,器用に皮を縫合して仕立ててきた。毛皮は衣料としてのみでなく,敷物やテント,調度品などにも広く利用されている。
執筆者:鍵谷 明子
日本で毛皮がもっとも多く用いられたのはむかばき(行縢)であったろう。脚部の前面を毛を外側にして覆い,山野の茨(いばら)などの下草を踏みわけても脚部に傷がつかぬためのもので,狩猟に際してことに愛用された。また一般農民や山民も山ばかまとして脚部保護に使用したが,水に弱いので,雨が降ると脱いでしまったと伝えられる。さらに鞍(くら)下の敷物,野外休息の敷皮などの用途のほか,鎗(やり)の鞘(さや),刀の鞘などを包むなど用途は広く,クマ,サルの毛皮もうつぼの外装に用いられた。庶民はカモシカの毛皮を腰当,引敷(ひつしき)に用い,雪中の行動には,毛の方を内側にしたクマ,カモシカの毛皮の手袋,足袋が盛んに用いられている。カモシカの毛皮の引敷は水をとおさず温かいので,岩上に座して行をする修験者が古来愛用した。古代の皮聖(かわひじり)はシカの皮衣をつけシカ角のつえをも用いた。そのほかクマの毛皮は,山村民には育児用として,これに赤子を寝させるのをよしとした。ノミの害を防ぐ点で有効だったからである。
→皮
執筆者:千葉 徳爾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
「もうひ」とも読む。一般には哺乳(ほにゅう)動物の皮膚をはいで被毛のままなめし、それが素材として使用できる状態のものを毛皮とよんでいる。しかし本来は、はいだままの生毛皮、または一時的に防腐処理を施した原料毛皮などを総称して毛皮というべきだろう。英語では、毛皮のなめしをタンニング(なめし)といわずに、ドレッシング(加工)といい、なめしたあともただファー(毛皮)という。このことは、毛の仕上がりを重視し、なめしそのものに重点が置かれていない証拠であろう。毛皮は防寒用服飾材料として非常に優れた性質をもっているが、現代人は防寒用というより装飾品としての価値に重きを置いている。
[菅野英二郎]
動物の本体からはがした毛皮を、そのまま衣服・住居などに使用したのは、旧石器時代からといわれている。そのままでは毛が抜けたり腐敗することから、なめしなどの加工技術が徐々に発達したものと考えられるが、その経過は明らかではない。各地に独得の技術が発達し、交通が開けるとともに、原料および技術が交流しつつ今日に至っている。
毛皮は北方民族が防寒用として使用したのが始まりであるが、この習慣が南下し、紀元前1500年ごろギリシアに伝わっている。中国では前1000年ごろにはなめしの技術が発達し、これが西に伝わり、18世紀以降はヨーロッパ全土に普及し、同時に加工技術は一段と進歩した。この時代は、貴族はキツネ、テン、イタチなどの毛皮を、一般庶民はヒツジ、イヌ、ネコなどの毛皮を使用していた。このころより、主として防寒用に使われていた毛皮が、その美しい外観、感触、豪華さなどから、しだいに装飾的価値を高め、流行品の一つとなり、宝石同様に財宝とされていた。原料が野生動物であるため、流行はつねに資源と深いかかわりをもちつつ推移した。18世紀に北洋のラッコが流行したが、資源の枯渇からオットセイに、さらにクロギツネに推移した。このころから野生動物の飼育が試みられ、同時に品質改良が進み、ギンギツネの飼育に成功し、これが流行の中心となった。第二次世界大戦により一時生産が中断したが、戦後アメリカ合衆国・カナダで野生のミンクの飼育に成功し、それに伴って品種も改良され、今日の養殖ミンク(ランチミンク)が生まれ、この種ミンクが全世界に輸出され、各地で養殖が盛んになり、このため今日のミンクの流行となった。このほかにヒツジの一種カラクールの子の毛皮(アストラカン)が、近東、アフリカなどで産出し、高級毛皮として利用されている。
日本でも、毛皮は紀元前より衣料、履き物などに使用されていたが、その量は非常にわずかである。明治末期より主として防寒用として増加したが、流行品として登場したのは昭和に入りギンギツネの養殖が始まってからである。戦後、種ミンクをアメリカ合衆国から輸入し、その飼育が年々盛んになり、原料毛皮としてウサギと同様多数輸出されるようになった。また同時に国内でのなめしも増加し、それにつれて国内での消費も増加しつつある。大衆品ではウサギの毛皮のほかに、メリノー種ヒツジの毛を刈り取った、短毛の残った毛皮をクロムなめし・染色したものが広く出回っている。
[菅野英二郎]
動物を畜殺してはいだ生皮から肉塊や脂肪塊を除き、その面に食塩を散布し、その肉面側どうしを重ね合わせて積み重ねるか、あるいは板にはって乾燥させ、原料毛皮をつくる。この原料毛皮が工場に送られ、準備、なめし、仕上げの3工程を経て製品となる。
(1)準備工程 乾燥した原料毛皮は、水につけて生毛皮の状態まで吸水、軟化させ、同時に洗浄する。次に銓刀(せんとう)などで、肉面に残っている肉塊、結合組織を除く。さらに皮中に含まれている脂肪なども除去する。これらの作業と、続いて行う脱脂作業が不完全だと、なめしが完全に行われず、製品は硬く仕上がってしまう。脱脂には中性洗剤、せっけんなどの温溶液、または工業用ガソリンのような有機溶剤を使う。この場合、アルカリ性が強すぎたり、温度が高すぎると、毛がフェルト化したり脱毛することがあるので、注意を要する作業である。
(2)なめし工程 脱脂、水洗後なめし液につけてなめす。なめし剤には、ミョウバン、塩基性のクロムおよびアルミニウム塩、油、各種アルデヒド、合成油、木酢(もくさく)液などが用いられる。ミョウバンによるなめしは古くから行われ、ミョウバンと食塩の混合溶液につけてなめす。白色の柔軟な革が得られ、面積の歩留りがよいのが特徴である。反面、水分を吸うと生皮の状態に戻るし、虫害にも侵されやすいので塩基性のアルミニウムまたはクロム塩などを使う必要がある。とくに染色などを行うときは他のなめし方法にするか、併用しなければならない。
クロムなめしは、あらかじめ、ミョウバンなめし液よりやや濃度の低い液、または酸と食塩の混合液につけて浸酸を行い、ついで塩基性クロム塩と食塩の混合液につけてなめす。クロムでなめした毛皮は青みを帯び、面積の歩留りが悪いが、柔軟で強度があり、水に対する変化は少なく、耐熱性のある毛皮ができる。合成油なめしは、炭化水素をスルホニール・クロライド化した合成油などにつけてなめす。革は白色に仕上がり、水に対しても強いので、高級品のなめしに使用される。
(3)仕上げ工程 元来、毛皮の美しさは天然の毛の色彩、つや、風合いによって価値づけられる。そのため、色の悪い毛皮を高級品のイミテーションに仕上げる目的などによって染色が行われる。染料には主として直接性、酸性、塩基性、酸化染料などの合成染料が用いられる。毛は皮よりも染着性が悪いので、比較的高温(約60℃)で行う。ミョウバンなめしは水に弱いので、特殊な染料で刷毛(はけ)染めするか、短時間低温染色する。塩基性染料は鮮明な色が出るが、光に当たるとあせやすいという欠点がある。これに対し酸化染料は色が限定され、毛を損傷する危険はあるが耐光性は高い。
毛は3種類に分けられ、それぞれ性質が異なる。まず綿毛(わたげ)。表面に縮れた毛が密生して感触がよく、保温性も高いし染色性も良好である。次に剛毛(ごうもう)(または飛毛(とびげ))。3種のなかでもっとも長く、直毛で、色彩のよしあしはこの剛毛の色による。染色性はよくないので、酸化剤で処理しておいて染色する。そして粗毛(そもう)(または荒毛(あらげ))。これは前2種の中間的な性質である。柔軟性や感触を改善するために、まず加脂を行う。普通、油脂と活面活性剤を肉面のほうから塗り、数十時間積み重ねておいたのちに乾燥させる。乾燥後、肉面から水分を与え、銓刀などで革の繊維をほぐしながら伸ばす。ついで乾燥、銓打ちを数回繰り返しながら完全に乾燥させる。乾燥後、毛に光沢を与え、さらに肉面をサンドペーパーがけし、梳毛(そもう)機で毛並みを整えて製品とする。
[菅野英二郎]
革と同様、動物の種類、なめし、用途によって分類される。用途は、コート、ストール、ボア、スカーフ、帽子、スリッパ、敷物など多岐にわたる。また、同種の動物でも「野生」と「養殖」とがあり、この両者では性質が異なる。野生の動物はしだいに減少しているのはいうまでもない。動物の種類によって分類してみよう。
(1)ウサギ 野生と養殖とがあり、野生のほうを野ウサギまたは山ウサギといい、皮は一般に薄く、毛も弱い。品質は養殖ウサギのほうがよい。日本の養殖ウサギは品質がよく、大量に生産されているので、輸出品としての人気も高い。
(2)イタチ 野生ではいちばん多い。毛は淡黄色または赤みがかった茶褐色で、これを黒褐色に染めると、ランチミンク(養殖ミンク)に近いつやと色が出る。毛の質もよいので、ミンクの代用品に使われる。
(3)ミンク 野生と養殖とがあるが、野生はイタチの別名である。毛は養殖もののほうが数段優れ、しかもじょうぶなことから最高級品として喜ばれている。北海道などは気候的に養殖に適し、飼料の入手も比較的容易なことから、養殖が盛んである。ミンクには種類が多く、その種類によって毛の質が異なる。染色していない毛皮を天然ミンクとよんでいる。
(4)キツネ かつては野生のものを捕獲して製品にしていたが、最近は養殖が盛んである。毛足が長く豪華な感じで、耐久性にも優れている。毛の色によって、ギンギツネ、シロギツネなどと呼び分ける。
(5)ヒツジ 種類が多く、それによって当然毛の質も異なる。成長した羊毛皮は重いので、敷物、スリッパなどに利用され、軽い子ヒツジの毛皮はコートなどに使われる。最近、メンヨウの毛皮(ムートン)が大量に輸入され、クロムなめしして敷物用などとして売られ、人気が高い。
(6)テン 養殖ものはなく、毛の長さはミンクより長く、キツネより短い。ロシア産のクロテン(セーブル)と、日本産のキテンが代表的である。クロテンは暗い灰褐色をしていて、最高級品とされている。キテンは淡黄色で、美しい毛色ではあるが、クロテンには劣るとされている。日本にはキテン以外のテンも産出するが、色が煤(すす)けて淡黄色なので、普通、黒褐色または茶色に染めて製品にする。
(7)リス 野生のものを利用する。北の国々で産出するものは銀ねずみ色で美しいが、南部産のものは茶色がかっていて美しさも減少する。日本産は非常に少なく、大部分はロシアから輸入している。毛は短く、密生していて柔らかい。
[菅野英二郎]
使用中はできるだけ水分および湿気を避け、汚さないように注意し、もし汚れたときは早く手入れをすることが肝要である。毛皮の損傷は汚れ、虫害、カビなどによっておこることが多いので、注意が必要。
着用後は、毛並みの方向にブラシがけしてほこりを落としたり、ときには細いしなやかな棒で毛を軽くたたいてほこり落としをすると、同時に毛が立ってふわっとした毛並みに戻る、という効用もある。水溶性の汚れは温湯で、油溶性の汚れはベンジンなどの有機溶剤で、汚れた部分のみを軽く拭(ふ)くとよい。あるいは、おがくずや小麦粉を毛の表面にまき、軽くもんでおがくずなどに汚れを吸収させる方法もあるが、高価な毛皮は、手入れを間違えると大きな損害を被ることもあるので、専門業者に任せたほうが安心である。簡単な汚れ落としであっても、まず目だたぬ箇所で試みてから行うくらいの注意が必要だろう。手入れ後は、風通しのよい日陰で十分乾燥させたのち、防虫剤を毛皮に直接触れないように入れ、密封して乾燥した冷暗所に保管する。
クリーニング店などでは、汚れの程度によって異なるが、部分的な汚れは、おがくずなどに有機溶剤をしみ込ませて、汚れた毛の部分に散布し、軽くこすって落とす。広く汚れている場合は、毛皮と溶剤をしみ込ませたおがくずをウォッシャー(回転式洗濯機)に入れ、毛皮の汚れをおがくずに移してからおがくずを除き、アイロンで毛の乱れを直す。また、店によっては、毛皮の保管に適するように調節した部屋で保管も引き受けている。
着用中や手入れのときに毛が抜けることがあるが、この原因としては、なめし前に毛根が微生物に侵されているか、製造、着用の仕方、または手入れが不適切といったことが考えられる。
[菅野英二郎]
毛皮の衣服には、あらゆる丈のコートをはじめ、ケープ、マント、ジャケット、ベスト、ボレロ、ポンチョ、スカート、ワンピース、スーツなどがあり、デザインはますます多様化している。また衣服の一部として、襟や袖口(そでぐち)などにも用いられるが、毛皮は衣服のライニング(裏打ち)やトリミング(縁(ふち)飾り)にも多く使われている。ちなみに英語のファー(毛皮)本来の意味は、衣服に裏をつけることである。毛皮のコートに毛皮のライニング、あるいは両面毛皮使用のリバーシブル・コートなども見受けられる。
毛皮を使ったアクセサリーには、帽子、イヤーラップ(耳おおい)、カラー、スカーフ、ストール、ボア(細長い襟巻)、マフ(手ぬくめ)などのほか、ブーツ、スリッパ、ハンドバッグ、そして装身具がある。和服にキツネの襟巻やミンクのストールといった装いは日本独自の毛皮モードで、大正初年から行われている。元来、毛皮製のアクセサリーは防寒や防水などの実用を兼ねた装飾品であったが、イヤリングやブローチのように、まったく装飾のみの目的で使われるものもある。
毛皮素材も多様化の時代を迎えた。たとえば1976年にはイタリアのジャンカルロ・リパが、コンピュータ毛皮(コンピュータを使った独創的な模様作り)を紹介し、毛皮素材の可能性が無限であることを証明した。異なった毛皮素材やさまざまな色の組合せから形成されるデザインは、なめし、染色、縫製の高度な技術に支えられ、毛皮産業における産業革命であるともいわれた。技巧を凝らした着用性の高い毛皮モードが、ファッションをリードし、時代の要求に沿って用途もますます多様化している。
フォーマルウエアといえば、かつてはアーミン(ヨーロッパ産の小形のイタチ)、ミンク(北アメリカ産のイタチに似た動物)、チンチラ(南米産のリスに似た動物)、セーブル(クロテン)、アストラカン(子ヒツジの毛皮)など一部のものに限られていたが、いまでは素材による格式が薄れて、フォーマルとカジュアルの区別は、素材よりもむしろデザインによって決定される。ファッション多様化の波にのって、とくに毛皮は着用範囲が広くなってきた。しかし、どの動物にせよ、白い毛皮は夜のもの、鮮やかな斑点(はんてん)のある野生獣の毛皮は昼間向きという大原則は依然としてある。喪装の場合は当然黒っぽいものに限られる。フォーマルな席ではクラシックなラインのロングコートやストール、日常着には活動的なデザインのショートコートやブルゾンというように、TPOにあったデザインを選ぶことがたいせつであるが、ジーンズに毛皮の例のように、自由自在な組合せもある。
1970年代後半に入って、日本の毛皮の需要は急速に伸びてきた。80年代には、毛皮のファッションは加速度的に広がり、日本は初めての毛皮ブームをよんだ。近年ヨーロッパで人気のあがった毛皮は、マーモット(リスに似た動物)、ブルーフォックス(アオギツネ)、オオカミなどで、ミンクの人気は平均的、アストラカンが急上昇中である。日本ではミンク、フォックス、スワカラ(カラクールラム)、そして若い人には実用的なムートンがもてはやされている。最近では、野性動物保護やエコロジーへの関心が高まり、奢侈(しゃし)な毛皮の着用は批判される傾向がある。一般には、安価なフェイク・ファー(合成繊維による模造毛皮)が代用品として人気がある。
[平野裕子]
毛皮は、シベリアやアラスカなどの寒冷地で生活する人々にとっては、防寒に優れ、少なくともかつては居住地域での入手が比較的簡単であった、かけがえのない衣類である。北アメリカのエスキモーおよびイヌイットならカリブー(トナカイ)やアザラシあるいはオオカミというように、もっとも得やすい動物を利用する。帽子、上着、ズボン、長靴、手袋など、ありとあらゆるものに毛皮が用いられる。毛皮にする動物を撃ち止める際には目をねらい、毛皮に傷がつかないようにするのが普通である。縫製には腱(けん)からつくった糸が使われる。
中国東北部のオロチョンの人々の居住地ではかつてはノロ(ノロジカ)が豊富で、彼らがトナカイを飼いながら、森での狩猟に頼って移動生活をしていたころは、その毛皮が彼らの生活のなかで重要な地位を占めていた。冬服には毛が多く長めのものを、夏服には毛の少ないものが用いられたが、毛のほうを内側にして着るのが特徴である。子供が生まれると体を洗い、ただちにノロの毛皮に包んだ。住居である幕舎にも冬期は毛皮を張り、寒さをしのいだ。ロシアのカムチャツカ半島に住むコリヤークの人々は、トナカイ、シカ、クマ、イヌなどの毛皮を利用した生活を送っていたが、その死の装束は白い子ジカの毛皮でつくられたという。毛皮に腱の糸、トナカイやアザラシの毛などを染色したもので刺しゅうや縁飾り、房飾りなど美しい装飾が施された。1人の女性が一冬かかって1枚を完成させるほど手のこんだものであった。どのコリヤークの人々でもいざというときのためにこれを準備し、かならず一部未完成にしておいた。死者が出ると急いでそれを完成させ、死者はこれをまとって焼かれたという。
実用を離れた毛皮の利用も各地でみられる。古代エジプトではヒョウの毛皮が僧衣に用いられ、宗教性を表すものとなった。日本の雷神がトラの毛皮を身に着けているのは、その勇猛さを示していると考えられる。また、毛皮は貴重さや高価さゆえに、ステータス・シンボル的意味合いをももっている。イギリスのヘンリー8世(在位1509~47)が皇族以外の者に黒色の毛皮の着用を禁じ、とくに黒テンは子爵以上の者に限るなどと命令を出したことも、その一例である。
[横山廣子]
『澤山智著『毛皮鞣製染色鑑定保存法』(1934・共立出版)』▽『上村皓威著『毛皮の話』(1967・文化出版局)』▽『中村喜代次・西川勢津子著『毛皮の本』(1977・文化出版局)』▽『山根章弘著『羊毛文化物語』(講談社学術文庫)』
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…哺乳類の皮膚をはいで,毛をつけたままなめしたものを毛皮(けがわ∥もうひ)という。これに対して毛を除く処理をしてなめしたものを革(かわ)という。…
…なめしていない生皮から革までを含めて皮革(ひかく)と総称する。毛皮は毛をつけたままなめしたもので,広義には皮革に含める。はじめは加工度の低い生皮に近いものが用いられたが,しだいに薬品でなめす方法が考案され,用途に応じた性質をもつ革が作られるようになった。…
※「毛皮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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