日本大百科全書(ニッポニカ) 「空孔」の意味・わかりやすい解説
空孔
くうこう
void
hole
物理学では次の2通りの意味に使われる。
(1)原子空孔 結晶では、原子が規則正しく配列している。この配列を空間格子といい、この格子の中で、原子がたまたま欠けている場所を空格子点という。空格子点が2個集まると、これを空格子対といい、さらに多数集まって結晶中にできた空隙(くうげき)を原子空孔、または単に空孔voidという。
(2)反粒子としての空孔hole 電子に関するディラック方程式の解として、正の運動エネルギーをもつ電子と同様に負の運動エネルギーをもつ電子も存在することが示される。もし、これが本当であれば、電子はなるべく負のエネルギーの状態に落ち込むことになる。しかし現実に、負の運動エネルギーをもつ電子は観測されていない。この点を説明するために、ディラックは次のような考えを提案した。それによれば、負のエネルギー状態は、ひとつ残らず電子に占領されていて、外界にはなんの作用も表さない。真空と考えられているものは、実はこの完全に電子で占められた負のエネルギー状態である。この状態の電子にエネルギーを与えて、正のエネルギー状態に励起すると、電子の抜けたあとに空孔が残る。この空孔が電子の反粒子、すなわち陽電子であると考えることができる。これを空孔理論とよんでいる。しかし、この理論では説明が困難な問題もあり、現在では場の量子論によって、よりよい説明が与えられている。
[野口精一郎]