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章乃器 しょうだいき

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百科事典マイペディアの解説

章乃器【しょうだいき】

中国の政治家,経済学者。浙江省の人。独学で経済学を学び,光華大学教授,安徽省財政庁長などを歴任。抗日戦争中は民族統一戦線擁護の理論家として活躍。抗日七君子の一人。

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうだいき【章乃器 Zhāng Nǎi qì】

1894‐1977
中国,浙江省青田出身の経済評論家。浙江実業銀行副経理。1931年の九・一八事変(満州事変)後,沈鈞儒(しんきんじゆ),鄒韜奮(すうとうふん),沙千里らとともに全国各界救国聯合会の指導者として,抗日民族統一戦線を結成したが,七君子事件で投獄された。戦時中は救国会を離れ,上川企業公司を創設,また酒精廠,運輸合作社等を経営した。45年12月,黄炎培らと民主建国会を組織して重要幹部となり(民主党派),52年8月政務院食糧部長に就任したが,58年2月,右派分子として追放された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

章乃器
しょうだいき / チャンナイチー
(1894―1977)

中国の銀行家、実業家。浙江(せっこう/チョーチヤン)省青田の人。1920年浙江省立商業学校卒業。浙江実業銀行に入り、同行副経理(副頭取)となる。1935年上海(シャンハイ)文化界救国会を組織、1936年5月沈鈞儒(ちんきんじゅ/シェンチュンルー)らと全国各界救国連合会を組織し、連共抗日を国民政府に要求。11月沈らとともに投獄され「抗日七君子」の一人となり、抗日の世論を沸き起こした。1937年盧溝橋(ろこうきょう)事件後に釈放。第二次世界大戦後、黄炎培(こうえんばい/ホワンイェンペイ)らと中国民主建国会を組織し、国民党独裁・内戦に反対した。1949年9月政治協商会議全国委員会常務委員。同年10月の新中国成立後は政務院糧食部長、中国銀行常務理事、全国人民代表大会四川(しせん/スーチョワン)省代表などを務めたが、1957年右派分子として批判され失脚。1977年5月北京(ペキン)で病死。1982年名誉回復。著書には『中国貨幣制度往那去(中国貨幣制度はどこに行く)』など。[阿川修三]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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