最新 心理学事典 「聴空間」の解説
ちょうくうかん
聴空間
auditory spase(英),Ho¨rraum(独)
【音像定位と音源定位】 音像定位sound image localizationとは,聴覚的な手がかりに基づいて音源の到来方向を規定する能力もしくは行為を指し,音源定位sound source localizationは音像定位によって得られた情報ならびにそれ以外の情報を統合して3次元空間内に存在する物理的音源の位置を認知・推測する能力ならびに行為を指す。ただし物理的な音源が存在しない場合でも,音像定位は起こりうる。たとえば左右2チャンネルのステレオ再生場面では,物理的な音源は二つのスピーカーであるが,体験される音像は左右の耳に到達する差に応じて左,中央,右など,収録した状況での個別の楽器や発話者の位置に対応した音像が定位される。その場合,それぞれの音像には仮想的な音源の到来方向を規定する水平角と仰角さらに距離が推定される。また,両耳に入れた信号の差異に応じて,左右の耳を結ぶ直線を基準として音が右寄りか左寄りかを判断する場合もある。このとき,大半の刺激呈示はヘッドホンにより行なわれており,そのほとんどの場合音像は頭蓋内に定位される。したがって,この場合は音像頭蓋内定位sound lateralizationとよばれる。
【聴覚による空間分解能】 音の反響を抑えた無響室内などに,実音源を呈示して測定した音源到来方向の違いに対する空間分解能を見ると,水平面については正面で最もわかりやすく(±3°の分解能),正面からずれるに従って精度が低下して真横で最低となる(±10°)。正中面では前方で最も精度が良く(±9°),頭頂で最も悪くなる(±22°)。この水平面での方向を判断する手がかりは,左右の耳に到達する聴覚信号の両耳差である。これには,両耳間強度差interaural intensity difference(IID)と両耳間時間差interaural time difference(ITD)の2種類が存在する。IIDについては,強度差をdBの単位で表わした場合,両耳間レベル差interaural level difference(ILD)として参照される場合も多い。IIDをもたらす最大の要因は,頭部が作る音響的な影である。音波の波長が頭部の寸法に比べて短く,十分に回折しきれない場合には,音源の側にある耳に到達する音の強度に比べて反対側の耳へのものは強度が低下する。したがって,この低下の度合いは波長の短い高周波成分において顕著に生じるため,IIDによる音源の左右の判断は,高周波成分になるほど明瞭になる。ITDについては,左右の経路差によって生じる。経路差,音速とも波長に依存しないので,ITDはすべての周波数成分に対して同じ量だけ生じる。しかし,正弦波を前提とすると,同一の時間差がもたらす位相角の違いは高周波数ほど小さくなり,また聴覚系による位相表現の精度も周波数の上昇によって低下すると考えられるので,ITDの貢献は高周波成分ほど不明瞭になる。水平面内での方向の違いについては,耳介の影響によるスペクトル変化も手がかりとなりうることがわかっている。単独の正弦成分だけを考えた場合,両耳差はたとえば前後方向では手がかりを与えない。耳を球体(頭)に開いた二つの穴(外耳道)として単純化してしまうと,その穴を頂点にもつ円錐上の方向から到来する音については左右差が等しい。耳介の襞の影響によって音響信号は,その振幅スペクトルが変化することがわかっており,それによって到来方向の判断の精度が向上する。正中面での到来方向の違いの判断も,この耳介の影響による手がかりで行なわれる。さらに頭を動かしたことに伴うスペクトルの変化も,両耳間差だけでは多義性が解消されない場合の到来方向を判断するための有効な手がかりとなっている。条件によっては,頭を動かすことを許すが,片耳で受聴した場合の定位能力の方が,頭の運動を許さないで両耳で受聴した場合よりも優れる場合もある。
【頭部伝達関数head related transfer function(HRTF)】 実際に鼓膜に到達する音は,音源から伝搬する過程の要因によって,音源位置で観察されるものとは変わってくる。ある空間内に音源が存在した場合,その観察者である人間の鼓膜に到達する音響信号と,その人間の頭部の中心,すなわち両耳の中点にあたる位置に単独のマイクロホンを設置して記録される音響信号とのズレは,先に紹介した耳介の影響だけでなく,肩,頭,ならびに外耳道がもつ音響特性によって変化する。これらの影響を反映した線形フィルタの特性を頭部伝達関数とよぶ。多くの場合,両耳に単純な違いをもつだけの刺激をヘッドホンで聴取者に呈示するだけでは,音像が頭の内部に存在するような印象(頭蓋内定位)を形成することが知られているが,その際にHRTFを反映したフィルタを通すことによって外部へ定位させることができる。ただし,実際にはHRTFは個人ごとに異なるので,自分のもつHRTFと異なるHRTFを使用した場合には,その効果は薄れる。このように両耳間に異なる信号を呈示する場合を両耳分離聴dichotic listeningといい,両耳間にまったく同一の刺激を入れる場合を両耳同一聴diotic listeningという。ちなみに音響再生方式ならびに音響収録方式としてのモノラルmonauralは,もともとの意味は片耳への呈示を意味し,それに対して両耳に呈示する場合は,バイノーラルbinauralという。ステレオstereophonicは多チャンネルにして立体音響を作る手法全般を本来は指すが,一般的には左右2チャンネルの場合を指すことが多い。日本語では,ステレオに対して1チャンネルだけの場合もモノラルの用語を当てるが,英語ではこれはmonophonicである。
【距離の知覚】 音源との距離を推定する手がかりは,音源の性質や距離の度合いによっても変わる。音源が既知のもの,つまり音源のもつエネルギーに対する事前の知識が暗黙のうちに与えられている場合は強度の違い,つまりラウドネスの違いが手がかりとなる。また,大気中を伝搬する間に高周波数域は低周波数域に比べて減衰しやすいという物理的な性質があるので,低周波数域に対する高周波数域のバランスも距離判断をする手がかりとして,とくに音源が既知の場合は有効である。さらに音源が近くにあるほど反射音に対する直接音の強度比は大きくなるので,反射音が聴覚信号に含まれる割合も距離感に影響する。
【先行音効果precedence effect】 多くの日常環境では,われわれの耳には音源からの直接音以外に壁や床からの反射音(エコー)も到達している。両者では経路が異なるため,直接音のもつ両耳間差と反射音のそれとは異なることになる。このような場合には,定位は反射音つまり時間的に遅れて到来する音のもつ情報を無視するかのように直接音のもつ両耳間差に従う。このことを先行音効果,あるいはハース効果Hass effectという。 →聴覚
〔津﨑 実〕
出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報