肝不全・肝性脳症

内科学 第10版 「肝不全・肝性脳症」の解説

肝不全・肝性脳症(肝・胆道の疾患)

定義・概念
 肝不全とは,重篤な肝機能障害を基礎として,高度の黄疸・肝性脳症(肝性昏睡)・腹水浮腫)をきたす症候群と定義される.肝不全の最も重要な部分症が肝性脳症である.
分類
1)発症時期による分類:
肝炎の初発症状出現から24週(6カ月)以内に発症する肝不全を急性肝不全,以降に発症する肝不全を慢性肝不全とよぶ.急性肝不全には劇症肝炎・亜急性肝炎・遅発性肝不全が含まれるが詳細は別項【⇨9-3】を参照のこと.本項ではおもに慢性肝不全について概説する.
2)病態による分類:
肝不全の病態形成は本来の機能を担う肝細胞の量(機能的肝細胞量あるいは肝予備能)の減少であり,典型的には2つに分類される.1つは,肝細胞自身が広範な壊死によって失われ,肝臓も萎縮し,肝予備能が著減して発症する肝不全で壊死型とよばれる.もう1つは,肝細胞の量自体は保たれているが,血流(特に門脈血流)が門脈大循環シャントのため肝臓をバイパスし,結果的に肝臓が機能を十分果たし得なくなって発症する肝不全で,シャント型とよばれる.代表的な壊死型肝不全は劇症肝炎【⇨9-3】で,シャント型肝不全は特発性門脈圧亢進症【⇨9-15】でみられる.肝硬変【⇨9-5】にみられる肝不全は2つの因子がさまざまな割合で混じり合ったものである.
3)肝性脳症の昏睡度分類:
肝性脳症の昏睡度は,表9-1-1のように分類される(高橋,1982).
4)肝性脳症の臨床病型分類:
肝性脳症は,原因疾患,発症の誘因臨床経過,治療への反応性,予後などの特徴から,急性型,末期昏睡型,慢性発症型に分類される(中村ら,1988).急性型は劇症肝炎を原因疾患とするもので9-3節を参照されたい.肝硬変をおもな原因疾患とする肝性脳症には,末期昏睡型と慢性再発型の2病型があり,これらの臨床的特徴を表9-1-2に示す(Moriwakiら,2010).
5)肝硬変の重症度分類:
Child-Pugh分類(表9-1-3)(Pughら,1983)が繁用される.グレードB,Cが肝不全の状態にある.
原因・病因
 肝不全・肝性脳症の原因はおもに劇症肝炎,肝硬変,特発性門脈圧亢進症である.それぞれの病因は劇症肝炎・肝硬変が肝炎ウイルス,特発性門脈圧亢進症は不明であるが,詳細は別項を参照のこと【⇨9-3,9-5,9-15】.
疫学
 肝性脳症の臨床病型別頻度は急性型28%,末期昏睡型18%,慢性再発型54%と報告されている(中村ら,1988).原因疾患別には,劇症肝炎における肝不全,肝性脳症は診断基準に含まれ,発症率は100%である.肝不全症状のない肝硬変からの肝不全発症率は1年で約20%(図9-1-8b),各症候別には浮腫13%,腹水7%,肝性脳症8%である.
病理
 各基礎疾患の病理については別項参照のこと【⇨9-3,9-5,9-15】.肝性脳症をきたした脳では,特に急性型や末期昏睡型の一部で脳浮腫,鈎ヘルニアがみられる.
病態生理
 前述のとおり,肝壊死や門脈大循環シャントのため,肝機能が不全状態となり,色素(ビリルビン)代謝障害の結果黄疸が,脳症惹起因子代謝(解毒)障害の結果肝性脳症が,蛋白アルブミン)合成障害による低蛋白血症の結果腹水(浮腫)が,それぞれ発症する.なお腹水については門脈圧亢進の寄与も大きい.また脳症惹起因子の代表はアンモニアであるが,その他アミノ酸インバランス(分岐鎖アミノ酸の低下と芳香族アミノ酸の上昇)による脳内神経伝達物質(モノアミン)代謝の異常,短鎖脂肪酸,オクトパミンなどもあげられている.アンモニア,短鎖脂肪酸は大部分が腸内細菌によって産生される.
臨床症状
1)自覚症状:
皮膚の黄染・出血斑,尿の濃染,睡眠の異常(昼夜逆転),腹部膨満,下肢のむくみ,悪心・嘔吐,食欲不振,全身倦怠感・易疲労感,など.
2)他覚症状:
黄疸(眼球結膜・皮膚),出血斑,意識障害(精神神経症状,羽ばたき振戦)(表9-1-1),腹水・浮腫,肝性口臭,など.
検査成績
 血液検査では総ビリルビン濃度の上昇,低アルブミン血症,プロトロンビン時間の延長やヘパプラスチンテストの低下など凝固能の異常,アンモニア濃度の上昇,分岐鎖アミノ酸(バリン,ロイシン,イソロイシン)/芳香族アミノ酸(チロシン,フェニルアラニン)モル比(Fischer比),BTR(分岐鎖アミノ酸/チロシン比)の低下を示す.
 腹部エコー,CT,MRIでは劇症肝炎や肝硬変に特有の肝萎縮に加え,腹水をみる.さらに門脈大循環シャントが検出される場合がある.脳CT,MRIでは脳浮腫を認め,さらに肝硬変では大脳基底核がMn沈着により高信号を呈することがある.
 電気生理学的には,脳波上三相波の出現,体性感覚誘発電位の潜時延長を示す.
診断
 原因疾患である劇症肝炎については診断基準【⇨9-3】に従う.肝硬変の診断には血液検査,画像,腹腔鏡・肝生検が有用である.
 肝性脳症の診断は表9-1-1に準じて行い,補助診断には上記の検査(特にアンモニア濃度の上昇,Fischer比・BTRの低下,脳CT・MRI,電気生理学的検査)を用いる.黄疸は身体所見と血液検査,腹水は身体所見と腹部エコー・CT・MRIで診断する.
鑑別診断
 肝性脳症については,意識障害をきたす全疾患が鑑別対象となる.ただし表9-1-1のような特有の症状を呈し,黄疸・腹水も同時にきたす場合が多く,鑑別は困難ではない.なお羽ばたき振戦(flapping tremor)は肝性脳症以外にも低血糖や腎不全でみられることがあり,注意を要する.黄疸,腹水の鑑別は別項を参照【⇨2-3,2-21】.
合併症
 感染症,消化管出血,腎不全が主である.さらに劇症肝炎,末期昏睡型肝硬変脳症では脳浮腫を合併する.いずれの合併症も予後を不良とする.
経過・予後
 劇症肝炎の生存率は約50%である【⇨9-3】.肝硬変脳症に対する最近の治療成績として各回の脳症ごとの生存率を表9-1-2に,初回脳症からの長期生存曲線を図9-1-9に示す(Moriwakiら,2010).
治療・予防
 劇症肝炎に起因する脳症には血漿交換と持続的血液濾過透析が有効であるが,救命をはかるためには肝移植を含む集中治療が必要である【⇨9-3】.
 肝硬変脳症の治療には,分岐鎖アミノ酸に富む特殊組成アミノ酸製剤(輸液:アミノレバン,モリヘパミン),高アンモニア血症用合成二糖類(経口:ラクツロース,ラクチトール),腸内細菌対策として難吸収性抗菌薬(ポリミキシンB,カナマイシン,ネオマイシン,いずれも経口,ただし保険適応はない)が用いられる.
 腹水には利尿薬(スピロノラクトンが第一選択,効果が少ない場合フロセミドを併用),アルブミン輸液を用いる.
 黄疸には胆汁うっ滞の要素が強い場合にウルソデオキシコール酸やタウリンを投与するが,基本的に有効な薬物はなく,基礎疾患の管理を行う.
 肝性脳症の予防には経腸特殊組成アミノ酸製剤(アミノレバンEN,ヘパンED)と合成二糖類を用いる.低アルブミン血症に対しては経口分岐鎖アミノ酸顆粒(リーバクト顆粒),利尿薬(前出)を投与する.なお分岐鎖アミノ酸経口補充療法は肝不全を予防し,無イベント生存率を改善することが明らかとなり(Mutoら,2005)(図9-1-8),日本,欧州,米国のガイドラインにその旨記載されている.さらに血管造影上明らかなシャントを同定できる場合には,インターベンショナルラジオロジ(interventional radiology:IVR)を用いたシャント閉塞術(バルーン閉塞下逆行性経静脈塞栓術(balloon-occluded retrograde transvenous obliteration:BRTO))が,肝性脳症の予防・治療に有用である.[森脇久隆]
■文献
中村俊之,吉田 貴,他:多変量解析を用いた肝性脳症の臨床病型分類に関する研究.肝臓, 29: 892-903, 1988.
Pugh RWH, Murray-Lyon IM, et al: Transection of oesophagus for bleeding oesophageal varices. Br J Surg, 60: 646-649, 1983.
高橋善弥太:劇症肝炎の全国集計-初発症状からみた意識障害発現までの日数と予後及び定義の検討.第12回犬山シンポジウム,A型肝炎・劇症肝炎,pp116-125,中外医学社,東京,1982.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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