特発性門脈圧亢進症

内科学 第10版 「特発性門脈圧亢進症」の解説

特発性門脈圧亢進症(特発性門脈圧亢進症)

定義・概念
 脾腫貧血門脈圧亢進症状を示し,しかも肝硬変,肝外門脈閉塞,肝静脈閉塞,血液疾患などを証明し得ない疾患と定義されている.かつてのBanti病に相当するが,Banti病の疾患概念には,門脈圧亢進症をきたす機能的病態の概念はなく,かつ,終末は肝硬変に進展するとの自然歴のとらえ方にも誤りがあった.IPHは,通常肝硬変に進展することはないし,肝細胞癌の合併もきわめてまれである.
原因・病因
 肝原説,脾原説が唱えられてきたが,病因は不明である.IPHの血行動態は,前類洞性の肝内門脈閉塞による門脈血流抵抗の上昇と理解されており,これに対応する病理組織所見は末梢門脈枝の潰れや狭小化と考えられている.しかし,門脈枝の障害の機序をはじめとして,IPHの成因は依然として不明である.IPHの特徴とされる巨脾の成因も単に門脈うっ血だけでは説明困難であり,病態の根底に,肝脾を舞台とした,なんらかの免疫反応が重要な役割を演じている可能性が考えられている.ただしIPH生検肝では門脈枝に血栓をみることはきわめてまれであり,わが国ではIPHの病因として血栓の一義的意義は疑問視されている.
疫学
 中年女性に好発し,自己免疫疾患を合併する症例が多い.地理病理学的には,インドなどの発展途上国に多く,欧米では少なく,わが国は中間位の頻度であるが,頻度は低い.
病理
 肝病理組織の特徴は,末梢門脈枝の潰れや狭小化ならびに門脈枝の系統的硬化所見である(図9-15-1).肝内外の門脈枝に新旧の器質化過程の血栓が肝内門脈枝のさまざまなレベルに形成され,肝萎縮や病変分布の不均一性をもたらしていると考えられている.肝硬変の所見はない.
 近年,画像診断の発達と普及により,IPHなどの非硬変肝疾患にも結節性病変が発見され,ときに肝腫瘍との鑑別に苦慮する症例が経験されるようになった.本症の約20〜30%の肝臓に,肝細胞の過形成性結節が観察される.
病態生理
 門脈圧亢進の機序は,肝内門脈閉塞による門脈血流抵抗の上昇と巨脾に伴う脾血流量の増大などが考えられている.ただし,本症の特徴とされる巨脾の成因も単に門脈うっ血だけでは説明困難であり,病態の根底に,肝脾を舞台とした,何らかの免疫反応が重要な役割を演じている可能性が考えられている. 肝細胞の過形成結節の形成機序は不明であるが,門脈血行障害による肝実質の脱落に対し,肝血流の保持された肝門部に代償性の過形成変化が生じる可能性がある.
臨床症状
 吐・下血や貧血を約40%に認める.脾腫,貧血,門脈圧亢進症状,腹壁静脈怒張,浮腫などがおもな症状である.
検査成績
1)血液検査:
一般肝機能検査正常ないし軽度の障害に留まるが,重症になるに従い肝不全兆候を示す.汎血球減少または血小板白血球赤血球のうちいずれかの減少をみる.
2)内視鏡検査:
しばしば食道・胃静脈瘤をみる.門脈圧亢進症性胃症や十二指腸に異所性静脈瘤を認めることがある.
3)腹腔鏡検査:
肝表面は皺状ないしは波打ち状を呈することが多い.
4)画像検査:
CT検査,超音波検査で著明な脾腫を認め,パルスドプラで脾静脈血流量・門脈血流量の増加を認める.
5)血管造影:
門脈造影にて肝内門脈の走行異常,分枝異常を認め,末梢門脈枝の造影は不良となる.肝静脈造影にて肝静脈枝の閉塞はなく,しばしば肝静脈枝相互間吻合と“しだれ柳様所見”を認める.
診断
 症候,血管造影,腹腔鏡,肝組織所見などを総合して診断する.
鑑別診断
 肝硬変との鑑別が重要である.また,門脈圧亢進を示すほかの疾患(肝外門脈閉塞症,先天性肝線維症,日本住血吸虫症,血液疾患など)を除外する必要がある.
合併症
 しばしば橋本病や全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を合併する.脾摘後に門脈血栓症が生じ,門脈圧亢進症による消化管出血を繰り返す例がある.
予後
 静脈瘤出血をコントロールできれば一般に予後は良好である.肝萎縮が進行すると肝不全に陥ることがある.
治療
 門脈圧亢進症に伴う食道・胃静脈瘤出血と脾機能亢進に伴う汎血球減少症を治療対象とする.食道静脈瘤出血に対しては内視鏡的治療(硬化療法,結紮術)を行い,待機予防的治療として手術療法(Hassab術,シャント術)を考慮する.高度の血球減少には脾摘術が必要で,孤立性胃静脈瘤は血行遮断術の適応となる.通常,脾摘を含む血行遮断術を第一選択とする.[鹿毛政義]
■文献
日本門脈圧亢進症食道静脈瘤学会編:門脈圧亢進消取り扱い規約,Ⅵ 病理,p61,金原出版,東京,2004.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「特発性門脈圧亢進症」の解説

特発性門脈圧亢進症(IPH)
とくはつせいもんみゃくあつこうしんしょう(IPH)
Idiopathic portal hypertension (IPH)
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

どんな病気か

 脾腫(ひしゅ)、貧血、門脈圧亢進を示し、しかも原因となるべき肝硬変肝外門脈(かんがいもんみゃく)、肝静脈閉塞、血液疾患、寄生虫症、肉芽腫性(にくげしゅせい)肝疾患、先天性肝線維症(せんてんせいかんせんいしょう)などを証明できない病気と定義されています。バンチ病といわれたものとほぼ同一の病気と考えられていますが、本症は肝硬変に移行しないことが異なります。

 この病気は、中年の女性に多いとされています。

原因は何か

 旧厚生省の難病研究班で本症の原因について検討されてきましたが、いまだ解明されていません。感染症が原因といわれた時期もありましたが、現在では免疫学的機序(仕組み)が重視されています。

 病態としては、肝内の門脈末梢枝が何らかの要因により潰れたり、一部では消失しているといわれています。

症状の現れ方

 ①脾腫、②動悸(どうき)、息切れ、()疲労感(疲れやすい)などの貧血による症状、③吐血・下血の3大症状と、全身倦怠感(けんたいかん)、腹部膨満感(ぼうまんかん)などの症状があげられます。

検査と診断

 肝炎ウイルスの検査、肝機能検査、巨脾(きよひ)の有無、肝生検などにより肝硬変と区別することが重要です。

 とくに、巨脾性肝硬変との区別は困難で、門脈造影など詳しい検査が必要となります。

治療の方法

 門脈圧亢進症(食道・胃静脈瘤)に対する治療が中心となります。このほかに脾臓摘出術あるいは脾動脈塞栓術を行うことが必要です。

予後について

 食道・胃静脈瘤がコントロールできれば、多くの症例は予後良好です。少数例では肝機能が徐々に悪化し、肝不全で死亡することがあります。

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「特発性門脈圧亢進症」の意味・わかりやすい解説

特発性門脈圧亢進症
とくはつせいもんみゃくあつこうしんしょう

消化管や膵臓(すいぞう)、脾臓(ひぞう)などからの静脈血を集めて肝臓に送る太い血管が門脈で、その静脈圧が上昇して脾腫(ひしゅ)、貧血、食道静脈瘤(りゅう)、腹水などの臨床症状を示す門脈圧亢進症のうち、原因を明らかにできないものをいう。厚生労働省指定の特定疾患(難病)の一つで、病因はなお不明である。

 日本では中年女性に多くみられ、肝臓には種々の程度の線維増加があり、肝内の門脈が狭くなっているために門脈圧が上昇すると考えられている。門脈圧が高くなると脾機能亢進症状がみられる。すなわち、脾臓が大きくなり、血液中の赤血球、白血球、血小板などが脾臓で壊されるために貧血や血小板減少がおこり、出血しやすくなったりする。また、門脈血が正常経路とは別の副血行路を形成して心臓へ還(かえ)るようになり、このため食道静脈瘤ができる。これが破れると大出血をおこし、ショックのため危険となる。したがって、食道内視鏡検査で出血が予想されるときには予防的な手術が行われる。なお、肝機能検査はほとんど正常か、異常があっても軽度であるが、血液検査で高度の貧血や血小板の減少があり出血傾向が強いときには、脾臓を摘出する手術(摘脾術)も行われる。

[鎌田武信]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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