水分平衡(読み)すいぶんへいこう(その他表記)water balance

改訂新版 世界大百科事典 「水分平衡」の意味・わかりやすい解説

水分平衡 (すいぶんへいこう)
water balance

水分経済water economyともいう。生物が体内に取り込む水の量と外界に失う水の量との平衡関係のことで,生物体内の水分の恒常性を保つための条件である。生物が水を失うことは,とくに陸上生活をするものにとっては重大な生理的脅威であって,乾燥による失水にたいする防御・補償能力のあることが陸上生活にとっては不可欠である。

動物はもともと水生のものから進化してきたが,脊椎動物,節足動物,軟体動物のなかから,このような能力を獲得して陸上生活に完全に適応したものが現れた(爬虫類鳥類哺乳類,昆虫類,クモ・サソリ類,陸生巻貝類)。カエル,ミミズ,ワラジムシなどのように,このような能力が不十分なために,完全な陸生になりきれないものもある。

 水は動物の生体重量のおよそ70%を占める重要な成分であるが,大部分は細胞内にあり,その他は細胞外にあって血漿(けつしよう)や細胞間液を成している。これらの水にとけている溶質の量との関係で浸透圧が定まるから,一定の含水量を維持することは,浸透圧の恒常性ともかかわる重要な問題である。したがって,原則的には失った水と同量の水を取り入れて,水分平衡を保つことが必要である。

 水の損失としては次の四つがある。(1)呼吸 息をはくとき湿った肺上皮から蒸発によって水を失う。激しい運動をするなどして呼吸が高まると,それだけ水の損失もふえる。(2)皮膚からの蒸発 陸生動物は,水の通りにくい体表をもっていることが特徴であるが,それでも蒸発によっていくらかの水を失う。発汗する動物はさらに多くの水を失う。(3)糞 糞とともに失う水の量は動物の食物とかかわりがあり,とくに繊維質の多い糞を多量に出す草食動物では,比較的多くの水を失う。ヒトが消化管から1日に失う水の量は50~200gであるが,ウシでは20~40kgに達する。(4)尿 通常ヒトは1日に1000~1500gの水を尿として出す。乾燥した環境にすむ動物は一般に腎臓の機能がよく,砂漠のネズミ類は体液の10~20倍の濃い尿を出す。

 水の取り入れ方としては次の三つがある。(1)飲水 動物は〈かわき〉を感じると水を飲むが,〈かわき〉の感覚は単なるのどや口腔の乾燥によるのではなく,おもに間脳の視床下部にある中枢が血液の浸透圧の上昇を感知して発する飲刺激によって起こる。(2)食物中の水 ミルクや果物にはとくに多量の水(80%以上)が含まれているが,パンでは35%,クラッカーでも5%の水が含まれている。食物はすべて重要な水の供給源になる。ヒトは1日に2000g程度の水を食物と飲水から得ている。(3)代謝水 体内での栄養素の酸化的分解過程で生じる水のことで,酸化水ともいう。1gの栄養素が完全に酸化されると,タンパク質は0.3g,炭水化物は0.6g,脂肪は1.1gの水を生じる。ヒトの代謝水は1日に300gくらいで,全需要量の約12%に相当する。砂漠のような乾燥した環境で生活している動物にとって,代謝水は重要な水の補給源である。例えば,カンガルーネズミは4週間で100gの大麦を食べた場合,60gの水を得るが(この動物は水を飲まないのでこれが取り入れる水のすべてである),その内の54gは代謝水である。すなわち,水の全需要量の90%を代謝水でまかなっていることになる。

 海産の無脊椎動物は,浸透圧が周りの海水と等しいので,体への水の出入りはないが,海水魚や海にすむ哺乳類や鳥類の浸透圧は海水よりもはるかに低いために,絶えず脱水の脅威にさらされている。状況は陸上動物の場合に似ているが,飲水がないという点ではさらに深刻である。体の水分を確保する手段として海水魚は海水を飲み,塩分をえらや腎臓から体外に出している。淡水の動物は反対に,浸入してくる水を排除するような機構をもつことが必要である。そのために,体液よりも薄い尿を多量に排出し,それとともに失う塩類をえら(淡水魚)や皮膚(両生類)などから吸収する。
浸透圧調節
執筆者:

成人の1日の標準的な水分出納を表に示す。食物や飲物による水分摂取はかなり変動し,それに応じて尿・大便中への水分排出は減ることがある。しかし,生存に必要な最低の代謝の不要代謝産物の排出に必要な最低限の尿は不可欠であり(これを不可避尿といい,1日400~500ml),この尿の水分と,さらに不感蒸散による呼気および皮膚からの水分放散とは避けることができない。体液は成人では体重の約50~70%を占めるが,体内ではいろいろに区分されて存在している(体液空間という)。大別すると細胞のなかにあるもの(細胞内液)と細胞外にあるもの(細胞外液)に分かれるが,後者はさらに血管中を循環している血漿水分,組織で細胞間の間隙(かんげき)を満たしている細胞間液(組織液),さらにリンパ液,脳脊髄液,眼房水など特定の部位に存在しているものが含まれる。

 体液中の水分は,その量と体液の成分濃度(浸透圧)の両者の安定がいわば妥協されるところで調節され,その結果は血漿の量(循環血液量)とその浸透圧にもっとも敏感に反映される。例えば,脱水状態が起こると,血液が濃縮化され,浸透圧が上昇する。これを脳(視床下部)にある浸透圧受容器が感知して,一方では口渇感(のどのかわき)を起こし飲水するとともに,他方では脳下垂体後葉からの抗利尿ホルモン(この作用は腎臓に働いて尿の水分を再吸収して尿量を少なくする)の分泌が促進され,結果として水分が体内保全され,血液濃縮化が阻まれる。また,出血などで血漿量が減少したときは,血圧が下降し,心房壁などにある圧力受容器で感知されて,その情報が上記の抗利尿ホルモン分泌細胞に伝えられて分泌が増す。またこのときは,腎臓の血流が減少し,レニン-アンギオテンシン系が活性化して,副腎髄質ホルモンのアルドステロンの分泌亢進(腎臓でNaを再吸収し尿量を減らす)も,体水分の放出に抑制的に働く。水分の過剰摂取,血液の希釈化,血液量の増加,血圧上昇などのときは上と逆方向の反応が起こる。結局,水分出納は最終的には飲水行動によって補われ,口渇感がその動機となる。口渇感は上記の脳内浸透圧受容器の刺激による以外に,脳内で産生されるホルモンもその動機づけに関係し,脳内アンギオテンシンⅡでは飲水行動が促進され,P物質と呼ばれるホルモンでは口渇感が減り,飲水行動が抑制されるといわれる。

 水分の代謝が妨げられると,種々の障害が現れる。過度の水分蓄積では血液希釈,浸透圧下降となり,細胞内へ水が浸入し,細胞の膨潤が起こり,やがて機能障害(これを水中毒という)を起こす。一方,水分不足では血液濃縮,血漿量減少,血圧下降などの循環障害や種々の中枢神経障害症状が起こる。とくに水分欠乏は危険で,体重の4~6%の脱水で口渇感,悪心などが,6~10%脱水でめまい,頭痛,血圧下降,歩行障害など,11~20%脱水ではせん妄,痙攣(けいれん)など重篤症状となり,15~20%の脱水は致死的であるといわれる。とくに乳幼児の脱水状態は警戒が必要である。乳児は成人に比べて水の必要量が大きく,1日の水分消費量が,成人は体重の2~4%であるのに対して,10~15%と高い。また嘔吐,下痢,発熱などは脱水に連なる症状を起こしやすく,乳児では口渇を感じても自分で飲水行動が取れないなどの事情もこれに加わるからである。
脱水
執筆者:

植物体の水分の増減は,根からの水の吸収と蒸散や排水guttationによる水の喪失との差による。この差が正となるか負となるかを決める要因は土壌,植物体内および空気それぞれの水ポテンシャル,気孔の開度および植物体内の水の移動に対する抵抗である。水収支の差が正になったときは膨圧の上昇または成長が起こり,負となったときは膨圧の消失(凋萎(ちようい))または成長の停止が起こる。一時的な凋萎の場合は,植物を好条件に戻せば水収支は回復するが,凋萎は二次的にさまざまな生理学的変化をひき起こすので,凋萎の程度と持続時間によっては回復しなくなる。一般に若い組織は成熟した組織より凋萎しにくく,かつ凋萎しても回復しやすい。

 細いL字管をつけた密閉した容器に水を満たし植物の根の部分を入れ,この装置全体の重量の減少(蒸散)とL字管の液柱の高さの低下から読み取られる容器中の水の減少(吸水)を測定することにより水の収支を知ることができる。また,葉の厚さの微小な変化を測定することができるパキメーターpachmeterを用いれば,短時間内に葉の水分が増加したか減少したかを知ることが可能である。

 一日中の水収支の変化は,ふつう日中は収支が負となり,夕方から夜間にかけて正となる。その結果,夜間,排水が見られることがある。短期の水収支悪化に対しては植物は気孔閉鎖で対応するが,水収支悪化が数日に及ぶと,根の発達がひき起こされたり,場合によっては年のいった葉から順に枯死が起こり,蒸散面が縮小される。強光にさらされる高木の葉ではクチクラが発達する。

 陰生植物は一般に陽生植物に比べ根の発達が悪く,乾燥条件に置かれた場合,凋萎しやすい。温帯で寒期または乾燥期のある地域に生育する植物では,このような季節には落葉によって蒸散面が縮小されたり,常緑ではあるが表皮のクチクラの発達によりクチクラ蒸散が抑制される。さらに,砂漠など長い乾燥期のある地域の植物は,厚い蠟質の外皮をもつとともに,多肉化して体積に対する表面積の比を小さくしている。昼間は気孔を閉じ,夜間気孔を開いて二酸化炭素を取り込むCAM植物は,乾燥環境において水分平衡を保つ代謝的適応と考えられる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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