内科学 第10版 「肺結核症」の解説
肺結核症(感染症)
肺結核は,社会面,および経済面に大きな影響を与える疾患であり,全世界の1/3の人が結核菌に感染しているという推計がある.この数字の大きさは結核が慢性の感染症であることを示すものである.このため疫学的な観点から,感染のみの場合と,臨床的に発病するか(結核症)の2つの面を考慮する必要がある.
肺結核の罹患率,および死亡率の低下が世界中の多くの場所において認められており,さらに1950年頃から有効な治療法が出現したことから,この傾向は加速している.一方で,特に発展途上国において,結核の感染対策の不備,ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV)感染者の増加,および薬剤耐性菌の出現により,結核が復活しつつある.わが国も人口の高齢化により,再興感染症として注目されている.
(2)結核菌の感染
肺結核は,結核菌(Mycobacterium tuberculosis)による感染症である.肺結核はヒトからヒトに感染する伝染性疾患であり,主たる感染経路は経気道感染であり,感染様式は,飛沫核感染(空気感染)である.このため感染対策として,空気感染対策(医療従事者はN95マスクの使用,患者はサージカルマスクの着用)が必要となる.2007年4月からは結核予防法が廃止され,結核対策は改正感染症法により第2類感染症として取り扱われている.
感染の危険性は,感染者の伝染力の程度,暴露者の抵抗力,および接触の程度による.病変の程度がひどいほど,菌量が多いほど,および咳がひどいほど伝染しやすい.特に空洞形成の有無が病気の伝染力と関連する.空洞病変の本態は,結核病巣の中心部壊死と壊死物質の気管支からの排出によるものであるから,空洞形成と排菌は密接に関連する(図7-2-5).
(3)発病
M. tuberculosisに感染した人のうち,発病するのは,わずか10%と推定されている.いったん感染した人が発病する可能性は一生涯あるものの,多くは感染後2年以内に発病する.肺結核の発症率は年齢によって大きく異なる.発症率は幼少期には高く,青年期では減少し,中・高年で著しく高くなる.
さまざまな疾患と肺結核の発病との関連が示唆されている.糖尿病の患者,透析患者は肺結核を発症しやすい.免疫抑制患者,なかでも最も重要なのがHIV感染による免疫抑制であり,世界中で肺結核の発病,および臨床経過に最も大きな影響を与えている.免疫抑制療法も肺結核の発病に関連する.ステロイドホルモンの投与はよく知られた危険因子である.また慢性炎症性疾患の治療として,腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor:TNF)-α阻害薬を投与中の患者においても,再活性化の危険が高まる.
病型には大きく2つあり,最初に感染した部位から進展するもの(一次結核症)と,初感染巣が治癒した後,数カ月から数年たって,新たに病変が形成されるもの(二次結核症)の2つである.一次結核症は小児に多いことから小児型結核症ともいわれる.成人の結核症の大部分が二次結核症に属するので成人型結核症といわれる.両者の病像は大きく異なるので別々に記載する.
(4)一次結核症
一次結核症は,結核菌を含んだ飛沫核を吸入することにより発症する.結核菌が定着する肺胞は各肺葉の胸膜直下(大部分は胸膜下1 cm以内,換気がこの部分で最もよく行われている)であることが多い(図7-2-6).
肺胞に定着した結核菌はマクロファージに貪食される.結核菌の多くは,マクロファージ内で増殖し,遂にはマクロファージを殺してしまう.血液由来の単球が局所に集積し,その場でマクロファージに分化し,細胞外の結核菌を貪食し,さらにTリンパ球との相互作用により,インターフェロン-γ,およびTNF-αなどのさまざまなサイトカインを放出する.これらのサイトカインはマクロファージの類上皮細胞への分化,および肉芽腫形成の両者に関与する.
数週間後には肉芽腫が形成され,中心部が壊死に陥る.病気が進行するとともに,それぞれの壊死巣は拡大し,癒合するようになり,結果的に類上皮細胞層と多核巨細胞の層に囲まれた比較的大きな壊死組織を形成する.これらの層の外側には単核球(リンパ球,および血液由来の単球),さらに線維芽細胞の層で囲まれる.このような3層構造,すなわち類上皮細胞,単核球,および線維芽細胞の層により,結核菌を肺実質より遠ざけることができ,結果的に疾患の進展を防ぐことができる.この時点で炎症巣は肉眼的にも確認でき,白くもろい中心部壊死(ヤギのチーズに似る)を呈し,これは乾酪壊死とよばれ確定診断ではないものの結核の特徴とされる.
最初の実質内の感染巣は,初感染巣(Ghon focus)と名づけられている.結核菌は多くは所属リンパ節まで到達し,前述した初感染巣と所属リンパ節の病変を合わせて,初期変化群(Ranke complex)とよぶ.リンパ節の病変は,肺内病変と同様に,肉芽腫を形成し,壊死に至り,周囲の線維化,および石灰化をきたす.初感染巣の多くは自然に治癒する.ただし結核菌は被膜に覆われた壊死組織の中で生きており,これが後に再活性化される部位となる.
初期変化群リンパ節病変に関連し,わずかな菌が肺下流のリンパ節を経て静脈角リンパ節に達し,血中に入る.血中に入った結核菌は,主として肺に転移して軽微な病巣をつくる.いったん治癒するものの,宿主が免疫抑制状態に陥った際に,既存の病巣から発病すると考えられる.血中移行の菌数が多ければ粟粒結核になり,少なければ主として肺尖領域に定着する(図7-2-6).
一次結核症では,肺胞性浸潤影は約70%に認められており,しばしば右肺優位である.一次結核症においてはしばしば肺門リンパ節腫脹を認める.無気肺は小児においては,10~30%に認められ,右上葉に多い.この原因は腫脹したリンパ節により気管支が圧迫されたことによる.成人においては無気肺の合併はまれである.一次結核症を有する多くの患者は無症状であるものの,咳,および発熱を認めることがある.
(5)二次結核症
二次結核症は,発病初期には,上葉の肺尖部,背側に限局する傾向がある.その理由として,肺尖部背側には比較的高いO2分圧を有すること,換気・血流比が高いこと,肺血流量が乏しいためリンパ流によるドレナージが十分でないこと,などによる.また肺結核の発症部位は体位と関連(すなわち血流の多少に関連)するという説を提唱している論文内には,コウモリの肺結核の病理像が示されており,コウモリの肺結核は下葉に病変の強いことが示されている.約5~10%の患者に,肺門・縦隔リンパ節腫脹を認める.
二次結核症のおよそ50~70%において,限局性の浸潤影を認める.多くの例において,浸潤影は1つの区域に限られているか,1葉のいくつかの区域に存在する.典型的には,上葉の肺尖部,背側に多い.ときに病気は葉全体を占めるようになる(結核性大葉性肺炎,図7-2-7.浸潤影の部分は,境界が不明瞭であり,融合傾向を示し,周囲に娘病巣を有する.しばしば同側肺の肺門に向かう血管・気管支束陰影の増強を認める.
二次結核症の画像診断として重要な所見が,細葉単位(大きさは5~7 mm,図7-2-8,7-2-9)で病変が進展することにある.特に重要な画像所見は前述したAschoffが1924年に結核に特徴的な病理所見として記載した細葉性結節(acinar nodule)とよばれる結節が形成する陰影である.
次に重要なことは,前述した病変の分布である.大部分の肺結核症は肺尖領域ないしは背部上肺野(図7-2-9)および下葉S6を好発部位として始まり,経気道的な菌の散布で上背部に進展する特徴をもっている.二次結核症において病変は進展しやすく,炎症,および壊死は拡大し,より広範囲に広がる傾向がある.この経過中,気道との交通をしばしば認め,壊死物質の排出に伴って20~45%の患者に空洞形成を認める(図7-2-9,7-2-10).
空洞形成の意味として,外の環境と交通することにより病原体を排出することにある.この交通には2つの大きな意味がある.1つは十分に酸素化された空気を継続的に空洞内に取り込むことであり,結果的に細胞外における結核菌の増殖を促すことになる.もう1つは結核菌を肺のほかの部位に広げること,あるいは他人への感染源となることである.空洞から排出された液化した壊死物質が経気道的に進展することにより,同一葉のみならず,ほかの葉にまで広がりうる(図7-2-12).このような機序により細気管支レベルに進展し,典型的な肉芽腫を形成することにより,多発性の実質性の結節影を形成する(図7-2-13).
ときに,小から中等度の大きさの肺動脈が空洞壁周囲の線維化したカプセル内に接線方向に存在し,この血管が拡張することがある(Rassmussenの動脈瘤).この動脈瘤が破裂することにより喀血をきたし,死に至ることもある.慢性の空洞を形成した際には,アスペルギルス属による真菌球を形成することがある.
病原体がリンパ流,または血流を介して,全身に散布された際には,粟粒結核となり,肺,肝臓,脾臓,骨髄,およびその他の臓器に進展する. 画像上,粟粒結核がはじめて認められるようになった際には,径1~2 mmの無数の小結節としてとらえられる.適切な治療がなされないと,小結節は3~5 mm大に増大する.胸部CTにおいては,辺縁の明瞭な1~4 mmサイズの多数の結節としてとらえられる.結節の多くは不規則に分布している(図7-2-11).
二次結核症の症状は,非特異的であり,全身倦怠感,脱力感,食欲不振,体重減少,および微熱などを認める.肺に関する症状としては,咳が多い.特に臨床経過が慢性であること,発熱などの自覚症状に乏しいことに注意すべきである.血痰が出現した際には空洞形成,あるいは気道の潰瘍性変化を示唆し,感染力が強いことを示す. 身体所見上の特徴として,肉芽腫を形成する結核病巣の際には聴診所見の弱いことがあげられる.胸部X線で広汎な陰影が認められるにもかかわらず,聴診所見が弱い際には,肺結核を考える根拠となりうる.
粟粒結核の発症は一般的には緩徐であり,多くの患者は,発熱,体重減少,脱力感,食欲不振,および寝汗などの非特異的症状が8週間以上にわたって続くことがある.またツベルクリン反応は,少なくとも25~50%の患者において陰性である.
肺外病変として,縦隔外のリンパ節腫脹,泌尿・生殖器結核,女性生殖器の結核(卵管炎,または卵巣炎),骨,および関節への進展などがある.椎体の結核(Pott病)は骨格への結核としては,最も多く認められ,しばしば下部胸椎,または上部腰椎を侵す.結核性髄膜炎は進行性の一次結核症,または粟粒結核を発症した小児においてしばしば認められる.
(6)検査所見および診断
肺結核を確定診断するための材料として,痰は最も簡単に得ることができ,肺に病変がある際には,最も価値のある検体である.結核菌は,ほかの多くの細菌とは異なる細胞壁構築を有することから,Gram染色では染色されず,Ziehl-Neelsen染色が実施される(図7-2-12).抗酸菌という名称は,染色の過程で用いられる酸に脱色されないという意味である.
肺結核を疑う生検材料は,病理学的検査に加えて,培養を実施する.培養は薬剤感受性を知るのに必要である.壊死性肉芽腫性炎症を病理学的に証明することは,肺結核を強く疑う所見である.また粟粒結核においては,経気管支肺生検,肝生検,および骨髄生検により肉芽腫を検出することができる.
肺結核の診断に際して,培養検査は塗沫検査より感度の高い方法であると同時に,唯一,薬剤感受性を知ることのできる検査である.ただし結果を得るためには時間がかかる(多くは6~8週間)ことが大きな制約となる.また肺以外の部位における結核菌の存在を間接的に知るために,血清学的方法も試みられている. ツベルクリン反応で使用される物質は合成培地で増殖した菌を熱処理にて殺菌し,濾過した析出蛋白である.接種後,2日後に判定する.重要なことは,ツベルクリン反応が陽性だからといって,必ずしも活動性の病変を有することにはならない点である.いったん患者が結核菌に感染し,過敏反応が形成されたならば,発病していなくてもツベルクリン反応は一般的に陽性となる.偽陽性のツベルクリン反応の結果は,非結核性抗酸菌の感染,または以前のbacillie Calmette-Guérin(BCG)接種などによる.
全血からのインターフェロン-γの産生能を測定することによりツベルクリンに対する細胞性免疫の程度をみる方法も用いられている.この方法はBCG接種による影響を受けず,肺結核の高危険群内(結核蔓延地域からの移民,あるいは活動性結核患者と接触したもの)でのスクリーニング検査に有用な手法である(図7-2-13).
核酸増幅法は抗酸菌をより迅速に,より高い信頼性をもって検出,および同定することを可能とする.臨床検体内に存在するDNAを増幅することにより,核酸増幅法は病原体の検出感度を大いに高める.加えてDNAプローブにより抗酸菌を特異的に検出することから,塗沫で検出された抗酸菌が結核菌か否かを迅速に決定するのに有用な方法である.
(7)予後,および自然経過
全体として,未治療結核患者の4~5年での死亡率は約50%であるものの,適切な診断と適切な治療により,死亡率を劇的に低下させることが可能である.粟粒結核への進展により,予後は悪化する.
(8)治療
肺結核治療の基本的目標は,結核患者の体内に生存する結核菌を撲滅することにある.この目標を達成するためには,有効な(感受性である),作用点が異なる薬剤を,初期には少なくとも3剤以上組み合わせた多剤併用方式で,最短でも6ヵ月間継続して投与することが不可欠である.そのためにもDOTS(directly observed treatment,short course:直接監視下短期化学療法)を行うことが重要である.
a.抗結核薬の種類(表7-2-5)
現在,わが国で使用可能な抗結核薬を,その抗菌力と安全性に基づいて,表7-2-5のように区分した.特に注意すべき点は副作用である.
ⅰ)初回治療患者の標準治療
初期強化期の薬剤選択:原則として(A)法を用いる.PZA使用不可の場合に限り,(B)法を用いる.(A)法で治療を開始し,菌が薬剤に感受性であることが確認され,副作用なく薬剤が継続可能である例では,間欠療法も検討する.
ⅱ)肺結核における抗結核薬以外の治療
副腎皮質ホルモン剤:肺結核が重症である場合,特に粟粒結核などで呼吸不全や高熱など全身状態不良の状態などにおいては副腎皮質ホルモン剤の使用を考慮する.
外科治療など化学療法以外の治療を検討すべき状態: 多剤耐性で病巣が限局しており切除が可能な場合には,早期から外科的治療を検討する.適応については専門家と相談が必要であるが,切除の時期は,有効な化学療法により菌量が減少した状態,おおむね化学療法開始後3~4カ月が適切である.[藤田次郎]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報