結核菌の感染や結核予防ワクチンのBCG接種を受けた人にツベルクリン(後述)を皮内注射すると、結核菌に感作(かんさ)された状態になるが、その状態を示すのがツベルクリン反応で、典型的な遅延型アレルギー反応である。
[山口智道]
結核菌を発見したドイツの細菌学者コッホは、1890年に結核菌の培養濾液(ろえき)を基にしてツベルクリンを創製した。コッホはこれを結核の治療薬として期待したが、ツベルクリンを注射すると発熱や悪心(おしん)などの全身反応、注射部位の発赤や腫脹(しゅちょう)などの局所反応、咳(せき)や痰(たん)の増加、喀血(かっけつ)などの病巣反応があり、治療薬としては失敗に終わった。しかし、1907年にオーストリアの小児科医ピルケがツベルクリンによる経皮反応により結核感染の有無を知りうることを確かめ、続いてフランスの医師マントーCharles Mantoux(1877―1947)によって皮内反応検査が始められ、今日では皮内法がもっとも多く利用されている。
日本では昭和に入ってから、緒方知三郎(おがたともさぶろう)門下の海軍軍医小林義雄(1888―1933)が海軍兵士のツベルクリン陽転者から胸膜炎が発生することを報告し(陽性転化の用語を初めて使った)、中央鉄道病院内科医千葉保之(やすゆき)(1908―98)らは国鉄職員の陽転者の発病状況を追究し、結核の初感染発病学説が成立した。1940年(昭和15)には後述のようなツベルクリン反応判定基準が国立公衆衛生院の野辺地慶三(のべちけいぞう)(1890―1978)らによって提案され、1951年(昭和26)に改正された結核予防法にこの基準が採用された。
ツベルクリン液には、いろいろな化学成分が含まれている。アメリカの生化学者サイバートF. B. Seibert(1897―?)はイギリスのロングE. R. Longらとともに、1934年、ツベルクリン液から結核患者に特異的な皮膚反応をおこす物質を抽出し、精製ツベルクリンpurified protein derivative(PPD)と名づけた。日本でも昭和30年代前半から研究が進められ、1968年(昭和43)に旧ツベルクリンからPPDに切り替えられた。
[山口智道]
かつては、定期の予防接種(BCG接種)をする際に、結核に感染していないかどうかを判断するためツベルクリン反応検査を行うことが、結核予防法(2007年廃止、予防接種に関する規定は予防接種法に統合、他の規定は感染症予防・医療法に統合)で定められていた。しかし、若年者の罹患率の低下、直接BCGを接種することの安全性についての医学的知見の蓄積などをふまえ、結核予防法が改正され、2005年4月よりツベルクリン反応検査は廃止された。現在の定期予防接種では生後6か月未満の者を対象にBCGの直接接種が行われている。
ツベルクリン反応検査には、ツベルクリン液0.1ミリリットルを正確に皮内に入れ、48時間後に発赤の長径を計測し、硬結、二重発赤、水疱(すいほう)、潰瘍(かいよう)、リンパ管炎の有無を観察する。発赤の径が4ミリメートル以下を陰性、5~9ミリメートルを疑陽性、発赤10ミリメートル以上を陽性としていたが、1995年(平成7)より9ミリメートル以下を陰性とするよう変更された。
BCG接種をしたことのない者では、原則としてツベルクリン反応陰性は結核未感染、陽性は既感染を意味する。しかし、BCG既接種者にツベルクリン反応を行うと、結核感染がなくても陽性反応を示し、真の結核感染と区別ができない。日本ではBCG接種率が高いので、感染の有無の判定はきわめて困難である。この問題を解決するために、QuantiFERON(クォンティフェロン)-TB法(QFT法)が開発された。これは、BCGには存在しない結核抗原を用いてリンパ球を刺激し、誘導産生されたINF-γ(インターフェロンガンマ)量を測定することにより、BCG接種の影響を受けることなく結核菌感染の診断をするものである。日本でも、2006年よりQFT-2G(第2世代)法が用いられるようになった。
なお、日本では1950年(昭和25)には30歳代で70%が既感染であったが、2000年(平成12)では90%以上が未感染である。麻疹(ましん)、流行性耳下腺(せん)炎、水痘、百日咳などに感染しているときをはじめ、生ワクチン接種時、栄養状態の悪いとき、ステロイド剤および各種免疫抑制剤を使用しているとき、結核感染の初期などには、ツベルクリン反応が一時的に陰転することがある。また、非結核性抗酸菌に感染しているものでは、交叉(こうさ)過敏性のために弱い反応がおこり、判定が困難なことがある。なお、結核感染に引き続いてツベルクリン反応の陽転が確認されると、その後の短期間に発病する危険が高い。
BCG接種後のツベルクリンアレルギーは接種後3か月から1年でもっとも強くなり、その後はゆっくりと減弱していく。このときツベルクリン反応検査を行うと、この減弱が防止される。接種後ツベルクリン反応を行わない場合よりも大きい反応をおこすため、ブースターbooster(押し上げ)効果とよばれる。また、ツベルクリン反応は代表的な遅延型アレルギー反応の一つとして、免疫学的研究のモデル的現象と理解されている。現在、ツベルクリン反応は結核菌感染の有無、結核と他疾患との鑑別のほか、細胞性免疫機能を判断することの一助としても用いられている。
[山口智道]
『戸井田一郎著『ツベルクリンのはなし――免疫からアレルギーまで』(1991・結核予防会)』▽『森亨著『ツベルクリン反応検査』(1995・結核予防会)』
ツベルクリンをアレルゲンとした抗原抗体反応をいい,結核菌の感染を受けているかどうかを調べる検査法として利用される。ツベルクリンは1890年,結核菌の発見者であるR.コッホによって,結核菌の培養ろ(濾)液を濃縮してつくられた。当初コッホが期待したように結核治療薬としては普及しなかったが,ピルケーClemens F.von Pirquet(1874-1929),マントゥーCharles Mantoux(1877-1947)らにより,ツベルクリン反応は結核感染の診断法として確立され,広く用いられるようになった。このため,ツベルクリン皮内反応はマントゥー反応とも呼ばれる。結核初感染後2~10週で陽性になるとされているが,結核予防ワクチンのBCG接種によっても陽性となる(陽転)。本反応の機序は細胞性免疫の関与する遅延型アレルギー反応である。
日本では結核予防法による健康診断時に施行され,陰性者にはBCGの接種が行われている。すなわち,ツベルクリン反応は結核感染の診断とともに,BCG接種該当者の選定を目的として用いられている。なお現在では,コッホの開発した旧ツベルクリンにかわり,反応がより明らかで非特異反応の少ない精製ツベルクリンpurified protein derivative of tuberculin(PPD)の0.05μg/0.1mlの皮内注射が行われている。判定は注射後48時間に行い,発赤の長径が4mm以下を陰性,5~9mmを疑陽性,10mm以上を陽性とする。陽性の場合,硬結,水疱,二重発赤を伴うこともある。本反応の陰性は結核未感染を意味し,疑陽性も大部分が未感染とされている。
一度生じたアレルギーは長く陽性のまま残るが,まれに結核が完治した場合や,粟粒(ぞくりゆう)結核,重症結核において陽性から陰性に転ずることがあり,結核が完治した場合の前者を陽性アネルギー,後者を陰性アネルギーという。BCG未接種者で陽性の場合には結核感染を意味する。とくに,乳幼児などで陰性から陽性に転ずるか,あるいは強い反応を示す場合には結核発病の危険が多い。BCG既接種者で陽性の場合,結核感染によるものかBCG接種によるものかの判別はむずかしい。BCG接種の普及している日本ではツベルクリン反応の陽性率は高く,したがって,結核診断という意味での本反応の意義は低下し,むしろ陰性の場合に意義がある。麻疹などの発熱性発疹性疾患の急性期やホジキン病,悪性腫瘍の末期などでは,しばしば陰性を呈する。この現象は細胞性免疫の低下によっておこることがわかってきた。それで,ツベルクリン反応が細胞性免疫の程度を知る目的で用いられることもある。
→BCG
執筆者:龍神 良忠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ツベルクリン液(結核菌がつくる
以前は、発赤の長経が5~9㎜を
仮に、1回目の定期ツベルクリン反応検査後、不定期のツベルクリン反応検査を6カ月後に行うとブースター効果で反応が大となり不必要な化学予防の対象になる危険性があります。日本ではこれまでツベルクリン陰性者にはBCG接種が強力にすすめられてきたので、ツベルクリン陽性反応を即結核発病ととらえることは危険です。結核の既感染者、非結核性
一般に、感染すると4~6週後に陽性になります。感染直後や
なお、日本では従来発赤の大きさで判断していましたが、諸外国では硬結(硬いしこり)の大きさで判定しており、日本でもその方法が検討され始めています。
これまで小中学生の結核の発病予防を目的として行われてきた学校検診では、ツベルクリン反応陰性者には自動的にBCGを接種してきました。しかし、学校検診で発見された結核の患者さんは2000年で20人未満と激減しています。
このような背景から結核予防法が2001年4月に見直され、学校検診ではツベルクリン反応の値そのものではなく、最近の結核感染を疑わせる事情があるか否かの問診(小児結核の60%以上が家族からの感染・発病)が重要視されています。
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
結核菌Mycobacterium tuberculosisに対する抵抗性(免疫)の有無を調べるために利用する皮膚アレルギー反応.結核菌の培養液から生成したタンパク質(ツベルクリン)を皮膚に注射し,48時間後に赤くなった部分が10 mm 以上だと陽性とみなす.乳幼児期にBCG接種(結核菌の弱毒株bacillus Calmette-Guérin生ワクチン)を受けているので,多くの人は陽性となるが,陰性の場合はBCGの再接種を受ける.日本では,結核患者の減少に伴い,これまで小学校で行われてきたこのツベルクリン反応検査とBCG再接種は,廃止されつつある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…しかし今日では,患者の早期発見にはこれらの症状が現れたときに受診することがたいせつであるとされている。
[肺結核の診断]
胸部X線検査,ツベルクリン反応検査,結核菌検査などが行われる。(1)胸部X線検査 肺は空気含量の多い臓器なので,そこに発生した病変はかなり小さいものでも,普通のX線検査で発見することができる。…
…日本では,1937年,日本学術振興会の共同研究によりその安全性と有効性が確認され,42年から集団接種が行われるようになった。現在では,生後3ヵ月から4歳に達するまでの間に1回,また小学1年生および中学1年生にツベルクリン反応を行い,それぞれの陰性者に対してBCGの管針による経皮接種が行われている。BCGによるツベルクリン反応の陽転率は接種法にも左右されるが,50~90%とされている。…
…気管支喘息(ぜんそく)や花粉症なども,吸入によって侵入する抗原に対するアレルギー性反応である。 一方,細胞性免疫では,結核菌体成分で免疫された個体に,その成分,いわゆるツベルクリン液を皮内に注射すると,24~48時間で最高に達する発赤,腫張,硬結などが現れるツベルクリン反応が記載された。アナフィラキシーなどの,抗体によるアレルギーが即時に起こってくるのに対して,反応が時間的に遅延して起こることから遅延型アレルギーと呼ばれる。…
※「ツベルクリン反応」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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