胃切除後症候群(読み)いせつじょごしょうこうぐん

  • 胃切除後症候群(胃・十二指腸疾患)

百科事典マイペディアの解説

胃切除によって生じる後遺症のうち,後期に起こる障害の総称。手術後早期に起こるものは,胃切除合併症として区別される。どのような後遺症がどの位の頻度によって起こるかは,胃切除の範囲,切除後の消化器再建術の術式,あるいは迷走神経切断術を行ったかどうかによって大きく異なる。一般にダンピング症候群,輸入脚症候群,小胃症状などの機能異常や,消化吸収障害に伴う低血糖症候群,貧血,脂肪吸収障害,カルシウム代謝異常による骨軟化症などを少なからず伴う。このうち,最も多くみられるのはダンピング症候群で,食物が急速に小腸の中に入っていくため,食事中あるいは食後30分以内に,悪心,嘔吐,腹鳴,下痢が起こるものを早期ダンピング症候群とよび,食後2〜3時間ごろに,動悸,めまい,冷や汗,全身倦怠感などが起こるものを後期ダンピング症候群とよぶ。輸入脚症候群は,胃を切除して空腸と吻合(ふんごう)させて再建するビルロートII法による手術を受けた場合に起こり,輸入脚に通過障害が起こって,食後,悪心や右上腹部の膨満感や心窩部(しんかぶ)痛を訴え,その後,胆汁を多量に嘔吐する。小胃症候群は,胃容量の減少によって起こり,食事の過量摂取によって胃部膨満感,悪心,嘔吐などの症状を呈する。

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内科学 第10版の解説

 胃切除後症候群とは,胃切除に伴う機能の欠損と器質的な障害によって起こる障害を総称する.胃癌術後の長期生存例が増加し障害の内容が変化しているため,的確な診断を下して適切な治療をすることが必要である.
(1)機能的障害
a.小胃症状
 胃の容積減少による食物貯留能の低下は,膨満感や食欲低下などを訴え食事量の低下と体重減少をきたす.
b.ダンピング症候群(dumping syndrome)
 ⅰ)早期ダンピング症候群
病態生理
症状が食後30分以内に発現する.発生機序に諸説があるが,hyperosmolar load theoryが有力である.食物が高張のまま小腸へ急速に運ばれ,これを等張にするために腸管内へと水分の移動が起こる.そのために循環血漿量が減少して腸間膜動脈領域の血流増加と脳血流の低下をきたし,めまい,しびれ,頭重感,失神などが出現する.一方,拡張した小腸が腸運動を亢進させ血管運動神経反射による症状として冷汗,動悸などが出現する.同時に空腸からセロトニン,ヒスタミン,ブラジキニンなどの血管作動性物質やVIPなどの消化管ホルモンの放出をもたらす.急激な高血糖はインスリン分泌を促進させ低血糖や低カリウム血症を起こす.これらの作用により多彩な症状を呈する.
発生頻度
食事開始1週から出現し数カ月で約20%の頻度でみられる.術式ではBillrothⅡ法やRoux-en-Y法で多く,予防に幽門保存切除(PPG)が選択されることもある.
臨床症状
食事中や食後30分以内に動悸,顔面紅潮,冷汗など全身症状が生じ,腹部症状として腹痛,腹鳴,腹部膨満感,下痢などが出現する.
診断
典型的なダンピング徴候の20項目(表8-4-9)から判定する.誘発試験として50%ブドウ糖150 mLを経口投与し30分以内に症状発現の有無をみる.食後の血糖,インスリン(IRI),C-ペプチドを測定する.
治療
炭水化物の少ない高蛋白質や高脂肪食を数回に分けて摂取する.薬物療法として食前に腸管運動促進薬を,食後に健胃消化薬,整腸薬を内服させて横にさせる.抗セロトニン薬やソマトスタチン類似薬も試みられているが,年数とともにほとんど軽減する.
 ⅱ)後期ダンピング症候群
病態生理
食後2~4時間後に発症する.上部空腸で大量の糖質が急速に吸収されて高血糖となり,GLP-1が膵β細胞に作用してインスリンが過剰分泌される反応性の低血糖発作である.発生頻度は5%以下と少ない.
臨床症状
食後2~4時間して冷汗,動悸,めまい,全身倦怠感,手指のふるえ,失神などの低血糖症状をきたし,腹部症状は伴わない.
診断
Whippleの3徴(食後の低血糖,症状,糖分補給で速やかな改善)があれば確診される.症状発現時の血糖が50 mg/dL以下は参考になるが,HbA1cは正常のことが多い.
治療
糖分補給により軽快するため糖分を携帯する.小腸の吸収を阻害するα-グルコシダーゼ阻害薬の食前投与も効果的であるが,腸閉塞の報告もあり勧められない.
ⅲ)輸入脚症候群(afferent loop syndrome)
概念
急性輸入脚症候群は,捻転や癒着などで輸入脚が閉塞すると突然発症し,腸管壁の壊死や穿孔をきたすこともある.慢性輸入脚症候群は,術後の癒着や狭窄,内ヘルニアなどにより輸入脚に通過障害が生じ貯留した胆汁を嘔吐する.
発生頻度
Billroth Ⅱ法で再建後の0.5~2.5%前後に生じ,Roux-en-Y再建による障害も含まれる.
臨床症状
急性では急激な上腹部痛や上腹部膨隆,嘔吐をきたし,ときに黄疸や高アミラーゼ血症も伴う.慢性では食後に上腹部痛や膨満感が生じ,食物を含まない大量の胆汁を嘔吐する.ときに細菌増殖による盲係蹄症候群として脂肪便,貧血,下痢などを伴う.
診断
急性輸入脚症候群では画像診断で拡張した輸入脚と消化液の貯留を証明する.消化管造影では輸入脚へ流入せず胃拡張や輸出脚の通過障害を伴わない.
治療
カテーテルを挿入し減圧をはかることもあるが,重症では腸管壁の壊死や穿孔をきたすため狭窄部切除やBraun吻合の追加,Roux-en-Y吻合への変更なども行う.慢性では抗菌薬による腸内細菌の抑制も有効である.
ⅳ)術後逆流性食道炎
 噴門括約筋の欠損や幽門機能の消失によって逆流性食道炎を起こしやすく,頻度は胃部分切除で5%,胃全摘術では約30%である.胸やけ,口苦感,胸痛などの症状を訴え,ときに嚥下障害や心窩部痛もある.逆流液によって胃酸を主とする胃型,膵液や胆汁を主とするアルカリ型,混合型に分類できる.噴門側切除では胃型が,幽門側切除や胃全摘ではアルカリ型が多い.胃型とアルカリ型の鑑別には食道内24時間pH検査を行う.胃型や混合型ではプロトンポンプ阻害薬など制酸薬を,アルカリ型では粘膜保護薬や腸管運動機能促進薬を投与し,膵液逆流が大きいときは膵酵素阻害薬が有効である.
ⅴ)吻合部潰瘍
 迷走神経切離が不十分などにより胃酸分泌が残ると吻合部に潰瘍が形成される.内視鏡下のCongo-red色素散布で酸分泌領域の遺残を調べたうえで消化性潰瘍と同様の薬物療法を行う.
(2)消化吸収障害
 吸収障害は脂肪で著明で,膵外分泌機能の低下,食事の通過と消化液分泌のずれなどによる.脂肪便はまれであるが,下痢,体重減少,貧血,全身倦怠感,浮腫などを生じる.スクリーニングには便中SudanⅢ染色法,膵外分泌をみるPFD試験が用いる.治療として良質の高蛋白・高カロリー食を少しずつ摂取させ,経腸栄養剤も利用する.
a.牛乳不耐症,下痢
 小腸での乳糖を分解する酵素活性の低下や腸管運動の異常な亢進が原因で,牛乳で下痢をする.
b.胃切除後貧血
 術後は低酸となるため鉄分のイオン化(Fe2)が悪くなり吸収障害から小球性低色素性貧血となる.また胃底腺から内因子が分泌されなくなるとビタミンB12が小腸から吸収されず巨赤芽球性貧血もみられる.頻度は30%前後で胃全摘ではさらに高頻度となる.鉄欠乏で舌炎,口角炎,匙状爪が,ビタミンB12欠乏ではHunter舌炎,味覚障害,しびれ感などが生じる.診断には血清鉄,フェリチン,葉酸,ビタミンB12を測定する.治療は鉄分の摂食に努めたうえで徐放性鉄剤を投与する.ビタミンB12の補充療法は筋注のほか内服も試みられている.
c.脂溶性ビタミンの欠乏
 食物と胆汁や膵液との混和不全に小腸の細菌増殖が加わって脂肪の吸収阻害が起こる.これに伴い脂溶性ビタミン(A,D,E,K)とCaの吸収も障害される.
d. 胃切除後骨障害
概念
術後障害としては骨軟化症と骨粗鬆症がある.Ca吸収の減少(腸管内pHの上昇,Ca摂取量の低下,胃酸分泌低下によるCaの不溶化)による.次に脂肪の吸収障害に伴って脂溶性ビタミンD3の吸収が低下して低カルシウム血症となる.そして血中Caを維持するために二次的な副甲状腺機能の亢進を招き,Caが骨から血中に動員されると推測される.
発生頻
術後1年以降の40%以上に骨塩量の減少が認められ,胃部分切除では術後5年後で20~30%である.胃全摘ではより早く術後1年から発症し50%以上と高い.女性に多く,特に閉経期以後に顕著である.
臨床症状
無症状が多いが,進行すると腰背部痛,関節痛,指のしびれ,四肢の疼痛,齲歯などを生じる.さらに腰椎圧迫骨折や大腿骨頸部骨折などの重篤な障害を伴うこともある.
診断
直接的診断法としては骨X線像,骨塩定量,骨シンチグラム,骨生検があげられ,特にMD法による骨密度やDEXA法などによる骨塩量を経時的に比較する.間接的には血清の骨型アルカリホスファターゼ(BAP),オステオカルシン(OC)値も有効である.血清Caとリンは障害が高度になるまで低下しないことが多い.
治療
骨軟化症の治療に準じてCaの補給と活性型ビタミンD3製剤投与を行う.ビタミンK2製剤やビスホスホネート製剤やラロキシフェン製剤も期待される.一方,過剰な摂取は亜鉛欠乏を招き味覚障害の原因になるので注意する.
(3)胆囊機能障害,胃切除後胆石
 術後に急性胆囊炎を併発し胆石ができやすい.これは迷走神経の切離とCCKなどのホルモン分泌の変化により胆囊収縮能が低下したためである.数年後には10~20%にビリルビン結石が形成される.
(4)残胃癌
 良性疾患による胃切除後に生じた癌は残胃初発癌とされ,吻合部近傍に発生する症例に多く胆汁酸の逆流や低酸状態,Epstein-Barrウイルス感染の関与が考えられている.新たに異時性重複癌が生じる可能性も高く,根治的切除後10年以上の場合には残胃新生癌とよぶ.胃癌切除後ではHelicobacter pyloriの除菌治療を勧める考えもある.長期観察では食道癌・大腸癌の重複にも注意する.[加藤俊幸]
■文献
前田光徳,平石秀幸:胃切除後症候群(ダンピング症候群,食後低血糖症候群など).日本臨牀 別冊 消化管症候群(第2版)(上巻),pp369-372,日本臨牀社,大阪,2009.
峯 真司,比企直樹:消化器がん手術(上部消化管手術)療法における栄養障害のアップデート,静脈経腸栄養,26: 1241-1246, 2011.阪 眞:胃術後の栄養障害と栄養補給法.臨床栄養,117: 363-367, 2010.

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