胃切除(読み)いせつじょ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「胃切除」の意味・わかりやすい解説

胃切除
いせつじょ

手術によって胃の一部あるいは全部を取り除くこと。おもに胃がんなどの悪性疾患に対する治療として行われる。1881年にオーストリアの外科医ビルロートが初めて成功したことで知られる。

 胃がんに対する根治手術としての胃切除では、病巣の除去と再発防止の二つの要素を考慮する必要がある。とりわけ進行胃がんの場合、このことはきわめて重要であり、腫瘍(しゅよう)を肉眼的にすべて摘出するとともに、手術所見で転移が推測されるリンパ節群と同等もしくはそれ以上のリンパ節群を郭清(かくせい)(取り除くこと)して、再発防止に努めることが原則とされる。また、病期(ステージ)によっては術後の補助化学療法によって再発の抑制および予後の向上が臨床試験で証明されていることから、術後一定期間にわたって継続治療が行われる。

 胃切除は、切除の部位や範囲により、おもに次のように分けられる。

(1)幽門側切除 胃の幽門側(十二指腸に近い部分)を切除するもので、再建法には残胃と十二指腸を吻合(ふんごう)する(つなぎ合わせる)ビルロートⅠ法と、残胃と空腸(十二指腸に続く小腸部分)を吻合するビルロートⅡ法がある。主として胃角部周辺およびそれ以下の病変が対象となる。切除範囲は疾患によって異なり、一般に進行胃がんでは胃の3分の2程度の切除が行われることが多い。幽門側切除は、国内ではもっとも多く行われている代表的な胃切除の術式である。

(2)全摘除(全摘) 胃をすべて摘出したのち、十二指腸断端を縫合閉鎖して食道に空腸を吻合する。あるいは食道と十二指腸の間に空腸を間置する。胃の上部から下部まで広範に及ぶがんのほか、噴門を温存できない噴門部や胃体部のがんが適応となる。

(3)噴門側切除 噴門部の腫瘍に対しては、胃の噴門側(食道に近い部分)約3分の1程度を切除し、食道と残胃を吻合する噴門側切除が行われる。また比較的早期のがんが、胃の上部3分の1に限局して存在する場合に、全摘除を避けて噴門側切除を行うこともあるが、良性疾患の場合より切除範囲が大きくなることが多く、食道と残胃の間に小腸を間置して再建する場合もある。

 胃切除後、経過が順調であれば術後数日で食事を再開し退院できるが、術後2~3か月間は、なるべく栄養価が高く消化のよい食品を十分にそしゃくし、時間をかけてとるようにする。また、胃の貯留能が低下し、1回の食事で多くの量を食べにくくなることから、食事回数を1日5~6回に増やして、栄養不足にならないよう留意する。

[渡邊清高 2019年5月21日]


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改訂新版 世界大百科事典 「胃切除」の意味・わかりやすい解説

胃切除 (いせつじょ)
gastrectomy

胃の疾患,とくに潰瘍や癌などの病気に際して,胃の一部あるいは全部を切除する場合,消化管は上から下までつながっている必要があるので,切除後はつなげること(これを再建術式という)が必要となる。この切除と再建を含めて胃切除術という。胃切除に最初に成功したのはウィーン大学のビルロートTheodor Billroth(1829-94)で,彼は1881年胃癌の婦人に行って成功した。その後,細かい技術や原理に対する考え方の変遷はあったが,彼の胃切除術は基本的には今日でも踏襲されている。

 胃切除は,胃の病変である胃癌,胃潰瘍,十二指腸潰瘍などが対象となる。同じ胃の病気でも,良性の病気と悪性の病気では治療法が異なる。すなわち,良性の場合は,一般に胃酸の酸度が病変に悪影響をおよぼすと考えられることから,酸を分泌する部分をできるだけ広範にとる(これを減酸効果を期待するという)方法がとられる。これを広範囲切除という。これに対し,悪性の場合は,病変を含めてさらにできるだけ広範囲に胃を切除し,周辺のリンパ節転移を含め,悪性の芽を断つような手術が必要となる。つまり悪性のほうが手術はより広範囲となる。

 手術様式にはビルロートI法,ビルロートII法などがある。胃切除後は,胃が小さく,あるいはまったくなくなるので,種々の脱落症状(ある臓器の一部あるいは全部を除去したとき,その臓器の機能の欠如によって起こる症状)が起こってくる。最も厄介なのは食事後に起こる,めまい,冷汗,心悸亢進などを主体とするダンピング症候群である。そのほか,胃が小さいために食事が十分にとれない小胃症状,アルカリ性の腸液が食道に逆流して起こる逆流性食道炎,つなぎめの潰瘍の再発である吻合(ふんごう)部潰瘍,手術後の貧血などの合併症や後遺症がある。最近では,これらに対する対策が十分考えられるようになっており,安全な手術ができるようになっている。
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栄養・生化学辞典 「胃切除」の解説

胃切除

 がんや潰瘍などのため,胃を切除する処置.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の胃切除の言及

【胃癌】より

…癌の胃を切除するのに初めて成功したのはオーストリアのビルロートC.A.Billroth(1829‐94)である。彼の行った手術方法は,現在でも胃切除の基本となっている。癌の進行がひどすぎて手術ができない場合や,手術をしたが完全に癌を取り除くことができなかった場合には,制癌剤を用いた化学療法が行われる。…

【ダンピング症候群】より

胃切除の手術を受けた後におこる胃切後遺症の一つ。食後,心窩部(しんかぶ)(みぞおち)膨満感,圧迫感,悪心,嘔吐などの腹部症状と,脱力感,めまい,発汗,心悸亢進などの循環失調症状を伴う一連の症候群である。…

【ビルロート】より

…ドイツの医学者。胃切除術の開発で知られ,内臓外科学の父と称される。ゲッティンゲン大学とベルリン大学で医学を学び,1856年にベルリン大学講師となり,病理学的研究に従事,60年にチューリヒ大学外科学教授,67年から25年間,ウィーン大学外科学教授を務めた。…

※「胃切除」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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