胸部単純X線写真

内科学 第10版 「胸部単純X線写真」の解説

胸部単純X線写真(検査法)

 循環器領域における胸部X線写真のおもな目的は,①心大血管の全体的な解剖学的情報の把握,②心血行動態の大まかな評価,③合併する肺病変の評価,④CVラインやIABPなど処置・治療後の確認,などである.
(1)胸部X線の撮影法
 胸部X線の基本は正面像であり,撮影は原則的にX線管球から検出器までの距離は2 mで,X線を後(背)側(P)から前(腹)側(A)方向に照射した立位後前(PA)像で深吸気時に行う.側面像は左側面を検出器に接する左側面像を撮影する.ベッド上などポータブル装置で撮影する場合は,仰臥位ないし座位で前(腹)側(A)から後(背)側方向に照射する前後(AP)像での撮影となり,X線管球から検出器までの距離が約1 mと短い.AP像では前方にある心臓は拡大され,肩甲骨が肺野に重なり評価も難しくなる.ポータブル撮影は,撮影条件も悪く,周囲への被曝も多く,動けない重症患者に限定する.1回の単純撮影による被曝線量は0.04 mSv程度である.
(2)胸部単純X線写真の読影
 読影にあたっては組織臓器について系統的に行う.骨軟部組織として,肋骨鎖骨脊椎頸部や胸壁の皮下組織を確認する.胸痛や背部痛の原因が肋骨骨折脊椎圧迫骨折であることもある.rib notching(肋骨切痕)により大動脈縮窄症が診断されることもある.横隔膜では高さ,形状,辺縁の明瞭さを確認し,縦隔では,気管がまっすぐ走行しているか,偏位や不整,狭窄がないかを確認する.ついで縦隔の両辺縁を追い,肺野および心血管の陰影を評価する.
a.縦隔陰影
 縦隔陰影で最も重要なのは大動脈,肺動脈および心陰影である.胸部陰影を構成するのは図5-5-23のように,縦隔の右縁を構成するのは上から上大静脈右縁(右第1弓),右肺門,右心房(右第2弓),左縁を構成するのは上から大動脈弓部左縁(左第1弓),肺動脈幹(左第2弓)と左肺門,左心房(左第3弓),左心室(左第4弓)である(図5-5-24).縦隔陰影では辺縁の連続性を観察することが重要で,心臓や大動脈に接する心膜囊胞などの腫瘤の発見につながる.辺縁だけでなく,その中の濃度の異なるラインや石灰化像にも注目する.
b.心胸郭比(cardio-thoracic ratio:CTR
 CTRは心臓拡大を推定する1つの指標となる(図5-5-24).成人では50%未満とされているが,種々の影響を受ける.肥満者や浅い吸気では横隔膜の位置が高く心臓が横位となりCTRは大きくなる.胸郭にも影響され,漏斗胸では心臓が外側に圧排されるのでCTRは大きくなる.ポータブル撮影でもCTRは大きくなる.心陰影拡大はさまざまな病態で認められるが,各心腔の同定,肺血管陰影の観察により病態が推定できる.心膜液貯留も心拡大をきたすが,左右が比較的対称に拡大し,大動脈弓を頂点とする氷囊をおいた形のようになるのが特徴的で,肺うっ血を伴うことは少ない.
c.心血管陰影の評価 
ⅰ)大動脈陰影の評価
 大動脈の,①走行,②拡大およびうねり,③石灰化,④辺縁の鮮明度,を確認する.大動脈は左心室につながり,心臓の前方やや左から上行し,弓部で気管の左側を左後方に向かい,その後,下行大動脈となって椎体の左側を下行する.上行大動脈は上大静脈の内側にあるが,大動脈瘤や大動脈弁輪拡張症あるいは大動脈弁閉鎖不全があると,上大静脈をこえて上行大動脈が右側に突出する.弓部はaortic knobともよばれ,気管の左側に認めるが右側に認める場合は右側大動脈ないし重複大動脈である.弓部に大動脈瘤ができると第1弓の拡大が著明となるが,高齢者などで大動脈の延長による蛇行でも突出として認められる.下行大動脈は左室の後方を走行し,左外側は肺(左下葉)に接するので辺縁は明瞭に認められる.左側に丸く飛び出すときは大動脈瘤ないし下行大動脈のうねりであり,側面像により鑑別できる.大動脈の辺縁が不鮮明なときは大動脈壁の炎症あるいは隣接する肺の無気肺や肺炎(シルエットサイン陽性)を疑う. 急性大動脈解離の主要所見は,上行部では右上縦隔陰影の拡大,弓部では大動脈弓の拡大と気管の圧排偏位,下行部では下行大動脈左縁の拡大である.胸背部痛を訴える患者で上縦隔の拡大(8 cm以上)をみたら大動脈解離を疑う(図5-5-25).大動脈壁は石灰化を生じやすく,特に大動脈弓部は正面像で接線方向になるので,鮮明に見えやすい.石灰化は内膜側に生じるので大動脈辺縁陰影と石灰化が1 cm以上離れている場合は大動脈解離を疑う(カルシウムサイン,
calcium sign). 下行大動脈の石灰化が強い場合は全身の動脈硬化が進行しており,心血管疾患が高率に生じると推定できる(図5-5-26).
ⅱ)左房陰影
 左房の右辺縁は通常右房に隠れて見えないが,左房が拡大すると右房の辺縁と重なる二重輪郭として認められる(図5-5-27).左辺縁は左肺動脈と左心室の間のくびれの位置に左第3弓を構成するが,拡大すると心臓左縁のくびれ(心腰,cardiac waist)がなくなり,左第2,3,4弓が直線化する.僧帽弁狭窄症などで左房がさらに拡大すると左右の主気管支,特に左主気管支を上に押し上げ,左主気管支の分岐角度が75度以下となり,左右の主気管支の分岐角は開大し100度をこえる. 
ⅲ)左室陰影
 さまざまな病態で左室は肥大ないし拡大するが,形から鑑別することは容易でない.大動脈弁狭窄や肥大型心筋症による求心性左室肥大では丸みをおびて心尖が挙上した形となることが多いが,僧帽弁閉鎖不全や拡張型心筋症では心尖が外側下方に移動して横隔膜下に隠れるようになる.心室瘤があると辺縁に限局性の膨隆を認める.
ⅳ)右房陰影
 右房の右外縁はなだらかに凸で,右中葉に接しており,上方は上大静脈右縁(右第1弓)に移行する.下方の下大静脈は腹腔内にあり,描出できない.右房が拡大すると下部心臓の右縁(右第2弓)が右側方に偏位する.
ⅴ)右室陰影
 右室は正面像では辺縁をとらえられないが,右室の拡大があると心尖が外側上方に移動(心尖の水平移動)する.側面像で心陰影の前縁を形成するのは右室であり,拡大すると心陰影の前縁が胸骨上方まで胸壁に接するようになる.
d.肺血管および肺野陰影の評価
 肺野では,肺血管をまずみる.立位では下肺野への血流が多いため,下肺野の血管径が2倍程度太いが,仰臥位ではほぼ同等になる.肺動脈が肺門から始まり気管支と併走するのに対して,肺静脈は気管支と併走せず,肺門より低い位置にある左房に流入し,肺動脈と交差するので,肺動脈と肺静脈は区別がつく. 
ⅰ)肺血流量の増加
 肺血管床の予備能は大きく,肺血流量の増加により肺血管の径は中枢から末梢までほぼ一様に太くなる.心房中隔欠損症,心室中隔欠損,動脈管開存などの左→右短絡疾患があると肺血流量が増加し肺血管は太くなるが,肺血流/体血流比が2倍程度のシャント量にならないと所見としてとらえられない.右肺動脈下行枝基部の径は比較的見やすく,血流の指標となる.14 mm以上の拡大ないし隣接する肋骨の幅以上の拡大は肺血管径増大を示唆する所見である(図5-5-28). 
ⅱ)肺血流量の減少
 両側性の肺血流減少は右→左シャントによるチアノーゼを伴う先天性心臓病などでみられる.肺血管陰影の数と太さの減少がみられ,肺血管影を末梢まで追いにくくなり,肺野は明るくなる.原発性肺高血圧症では,肺血管抵抗の増大により肺血流は両側性に減少するが,肺門には著明に拡大した左右肺動脈幹を認める(図5-5-28).一側性ないし区域性の肺血流減少は肺血栓塞栓症や肺血管炎などによる肺動脈の閉塞ないし高度狭窄で認められる.急性肺血栓塞栓症の確定診断は胸部造影CT検査によるが,胸部X線写真でも疑うことはできる.呼吸困難が強いわりに胸部X線写真所見が乏しい場合には肺血栓塞栓症を疑う.特徴的な所見は,①閉塞動脈領域の肺野の血管影の減少による透過性の亢進(限局性に明るくなる)と②肺動脈の拡張(knuckle sign)で,肺動脈が突然途絶する所見をWestermark signとよぶ(図5-5-28).③肺組織に壊死や出血を生じて肺梗塞を生じると,その領域の透過性が低下し,楔形の陰影をみることがある.
e.肺うっ血/心不全の評価(図5-5-29)
ⅰ)肺うっ血:肺静脈圧上昇による血流再分布
(pulmonary redistribution) 心不全で左房圧および肺静脈圧が高くなると,まず下肺野がうっ血する.うっ血により局所の低酸素血症を生じると,下肺の肺血流は減少し,上肺野の血流が相対的に増加する.正常では下肺野の血流は上肺野の血流の2倍程度あるが,肺静脈圧が15 mmHg程度になると上肺野と下肺野の血流は同程度(equalization)となり,さらに肺静脈圧が上昇すると上肺野の血管のほうが目立つようになる(cephalization) (図5-5-30). 
ⅱ)間質性肺水腫
 肺静脈圧がさらに上昇(>25 mmHg)すると,肺毛細管圧が組織膠質浸透圧をこえ,肺毛細血管から肺胞間質に血漿成分が漏出していく.この状態を間質性肺水腫という.肺小葉間隔壁に漏出液が貯留すると線状陰影(Kerley line)が出現する.Kerley B lineは,おもに下肺野外側で胸壁に接するように細くて短い刷毛で書いたような横に走る線状陰影である.そのほかに肺門から斜めに4~5 cm程度の長さで見えるKerley A line,肺野に網目状に見えるKerley C lineがある.また,血管や気管支周囲の間質への滲みだしは,血管や気管支の辺縁のぼけ(cuffing sign)となる(図5-5-29,5-5-30).
ⅲ)肺胞性肺水腫
 肺静脈圧がさらに上昇(>35 mmHg)すると,肺胞間質から肺胞腔にも水分が漏出し肺水腫となる.肺水腫はしばしば両側肺門中心性に生じるため,butterfly shadow(蝶の羽根)ないしbat wing sign(こうもりの翼)とよばれるが,ときに片肺のみのこともある(図5-5-31). 
ⅳ)胸水貯留
 胸水が200 mLをこえると正面像で肋骨横隔膜角(cost-phlenic angle)の鈍化として認められる.葉間に貯留すると葉間裂に貯留した胸水として認識できる.特に,右上葉と右中葉の間の小葉間裂(minor fissure)の胸水は接線方向に写るため,腫瘤性病変と似た陰影を呈することがある.この陰影は胸水の消失に伴って消失するため,vanishing tumorとよばれる(図5-5-32).
f.心血管の石灰化
 いろいろな病態で縦隔内に石灰化が認められる.心血管陰影内の石灰化は診断の糸口になることがあり,注意深く石灰化をみる必要がある.CTがその検出にすぐれるが,単純写真が診断のきっかけになることが多い.大動脈壁,大動脈弁,僧帽弁輪の石灰化は比較的容易である.心膜の石灰化に気づくことによって収縮性心膜炎診断の糸口になることがある(図5-5-33).収縮性心膜炎の石灰化は側面像ではじめて気づかれる場合が多い.心室瘤壁や心腔内血栓,冠動脈の石灰化も注意深く観察すれば認められる.[山科 章]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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