内科学 第10版 「脂溶性ビタミン異常症」の解説
脂溶性ビタミン異常症(ビタミン欠乏症・過剰症・依存症)
a.ビタミンA欠乏症(vitamin A deficiency),過剰症(hypervitaminosis A)
生体内のビタミンAは主として摂取した食物中のレチノール,レチノールエステルに由来するものが1/3,プロビタミンA(βカロテン)に由来するものが2/3を占めるといわれている.ビタミンA(レチノール)は酸化されてレチナールとなり,さらに酸化されてレチノイン酸になる.レチノイン酸は核内で特異的なレチノイン酸受容体(レセプター)と結合することによって,特定の遺伝子発現を制御している.ビタミンAの生理作用は成長,視覚,生殖,皮膚および粘膜上皮の正常保持,粘膜分泌機能の維持,分化,発生,ならびに形態形成への関与であるとされている.これらの多彩な生理活性のうち視覚サイクルと生殖機能への関与はレチノールに特異的であるが,より一般的な成長や細胞分化の調節などはレチノールとレチノイン酸に共通の作用である.
ビタミンA欠乏によってレチナールが関係する夜盲症,さらに皮膚の粗造化,角膜の乾燥,気道の易感染,消化管の吸収障害,尿路系の結石形成,胎児の奇形などが発生する.ヒトの急性前骨髄球性白血病にレチノイン酸の細胞分化誘導作用を利用した治療が行われている.ビタミンA過剰症は嘔吐を伴う頭蓋内圧の上昇,頭痛,意識混濁,ときにうっ血乳頭として現れる.また,成人では頭痛,嘔吐,めまい,かすみ目,皮膚の脱落などの症状がみられる.実際にはビタミンA含有量の多い内臓などを食したときにみられる.
ビタミンAの必要量は成人で1日400~550 μgである.夜盲症の治療には1日50000 IUを約14日間投与することが必要で,重症であれば増量が必要である.
b.ビタミンD欠乏症(vitamin D deficiency),過剰症(hypervitaminosis D),依存症(vitamin D dependency)
ビタミンDは食物中のプロビタミンD(エルゴステロール,7-デヒドロコレステロール)として摂取され,小腸下部から吸収される.7-デヒドロコレステロールは紫外線によりビタミンDに変換され,肝ミクロソームで25-水酸化ビタミンD(25-OHD)に代謝され,近位尿細管細胞のミトコンドリアで活性型の1,25-水酸化ビタミンD(1,25-(OH)2-D)になる.血中25-OHD濃度は15~40 ng/mLで,ビタミンD栄養状態を反映している.1,25-(OH)2-Dは小腸でのカルシウム吸収の促進,骨リモデリングの促進,腎尿細管でのカルシウムおよびリン再吸収の促進,副甲状腺ホルモン産生抑制などカルシウム・リン代謝および骨代謝調節および細胞分化誘導作用も有している.
乳幼児,小児のビタミンD欠乏症はくる病,成人の場合は骨軟化症になる.くる病では関節部が肥大して二重関節を呈する.さらに,体重負荷によりO脚やX脚となり,重症になると痛くて立つことができなくなる.ビタミンD不足は不適当な食事摂取でみられ,ビタミンDの補給で容易に治癒する.ビタミンD依存症として25-OHD-1αヒドロキシラーゼ欠損症およびビタミンD受容体欠損症が知られている.ビタミンD過剰症はビタミンDを成人で1日100000 IUを1~2カ月,乳児および小児で1日20000 IU~40000 IU連続投与したときに生じ,食欲不振,体重減少,尿意頻繁,嘔吐,不機嫌などとして現れる.ひどくなると,各組織,特に腎臓や動脈にカルシウムが沈着して異常石灰化を起こして死亡することもある.
ビタミンDの必要量は5歳までが1日2.5 μgで,6歳以後が1日2.5〜5.5 μgである.ビタミンD欠乏症に対しては1αOHD3製剤を1日0.01~0.05 μg/kg,あるいは1,25-(OH)2-D3製剤を1日0.02~0.1 μg/kg投与することが必要である.過剰症の治療はビタミンD投与の中止,低カルシウム食,大量の水分摂取などが必要である.これらにより血中カルシウム濃度は数カ月の間に徐々に正常まで低下する.
c.ビタミンE欠乏症(vitamin E deficiency)
ビタミンEは生体内のほぼ全組織の生体膜機能調節作用を示す.膜脂質が過酸化されると膜機能は低下するだけでなく,生成した過酸化脂質は動脈硬化促進作用などの二次的な障害を示す.ビタミンEはこの膜脂質の過酸化を防止して血管障害を予防する.また,ビタミンEはプロスタグランジン代謝にも影響し,血管壁での血小板凝集抑制作用や血管拡張作用を低下させる.このようなビタミンEの抗酸化作用すなわちフリーラジカル捕捉作用は,活性酸素や脂質過酸化による発癌,老化,虚血性心疾患および多数の退行性疾患を予防して,ヒトの健康を維持する作用があると考えられている.
ビタミンE欠乏症は,歩行障害,腱反射,振動感覚消失,眼球運動麻痺,網膜症を発現する.フリーラジカル捕捉障害と考えられる溶血性貧血,乳児皮膚硬化症および血小板凝集能の異常などもある.無βリポ蛋白質血症の患者ではビタミンEの運搬が障害されるため,網膜症,小脳性運動失調,腱反射の消失,筋力の低下を呈する. ビタミンEの目標摂取量は成人で7~8 mgである.大量の多価不飽和脂肪酸エステルを含む食事を摂取しているときは1日100~200 mg高単位が必要である.未熟児や新生児では1日10~50 mgで,無βリポ蛋白血症には100 mg/kgの連続投与が必要である.静脈栄養剤には多価不飽和脂肪酸エステルが含まれるので十分量の投与が必要である.
d.ビタミンK欠乏症(vitamin K deficiency),過剰症(hypervitaminosis K)
ビタミンK1は緑色植物や種々の植物油に含まれる.ビタミンK2は腐敗植物や肝,魚粉,納豆などに含まれ,腸内細菌によっても産生される.ビタミンKは肝臓でのトロンビンの前駆物質であるプロトロンビンの合成に関与するカルボキシラーゼの補足分子として作用する.すなわち,ビタミンKはγ-カルボキシグルタミン酸残基(Gla)を有する凝固因子Ⅱ(プロトロンビン),Ⅶ,Ⅸ,Ⅹの生成に関与している.したがって,ビタミンKが欠乏すると,異常プロトロンビンであるPIVKA-Ⅱ(proteins induced by vitamin K absence or antagonist)が血液中に増加して出血傾向がみられる.特に新生児では出生数日間は腸内細菌が少ないためにビタミンK欠乏状態になるので出血に注意すべきである.骨のオステオカルシンやマトリックスGla蛋白質もGla蛋白であり,ビタミンKが骨粗鬆症の予防や治療を目的として投与されている.
ビタミンK欠乏は肝疾患やクマリン誘導体療法,胆道閉塞,腸管疾患による吸収不全により起こる.欠乏により出血傾向を示す.ビタミンK過剰症は知られていない. 分娩直後にK1を1 mg筋肉注射するか,分娩直前の母体に2~3 mg筋注し新生児の出血を防ぐ.プロトロンビンの合成が障害されている肝疾患で,特に吸収障害を伴うときはビタミンK1投与により肝機能代償をはかることが必要である.[武田英二・山本浩範]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報