(1)脂質代謝異常症(lipidosis) a.Gaucher病 グルコセレブロシダーゼの遺伝子(GBA)異常により酵素活性が欠乏するため,糖脂質が体内の細胞に蓄積し,肝脾腫,貧血,出血傾向,進行性の骨疾患など重篤な全身性の症状を引き起こす常染色体劣性遺伝病である.1型(成人型)は,発症年齢は0~80歳と幅広く,通常は肝脾腫,貧血,出血傾向を認めるが神経症状は伴わない.酵素補充療法,一部は骨髄移植が有効である.2型(乳児型)は,肝脾腫に加えて神経症状(斜視,開口困難,痙攣)を伴い,急速に進行し2歳頃までに死亡する.3型(幼児型)は,全身症状は1型と同様で,遅発性の神経症状を伴いゆっくりした経過をたどる.
神経症状においては,人種に関係なくGaucher病の原因遺伝子GBAの変異が孤発性のParkinson病の重要な危険因子であることが最近明らかになった.GBA変異のキャリアはそうでない人と比べると約6.5倍Parkinson病を発症しやすい. b.Fabry病
グロボトリアオシルセラミドが蓄積するα-ガラクトシダーゼAの欠損症で,スフィンゴ糖脂質症では唯一,X染色体連鎖劣性遺伝である.したがって,学童期の男性において反復性の四肢の灼熱様疼痛発作,感覚異常で発症し,体幹の被角血管腫,角膜混濁を認める.グロボトリアオシルセラミドの蓄積により腎・心機能障害をきたしやすい.また,原因不明の左室肥大症の3~5%にFabry病がみられる.近年,若年成人の脳血管障害の約5%にα-ガラクトシダーゼA遺伝子(GLA)の変異が同定されたという報告がある.若年成人の原因不明の腎不全,心不全,あるいは脳血管障害では,GLA遺伝子変異を調べることは診断・治療において重要である.女性保因者でもしばしば角膜混濁が認められ,心筋障害,脳血管障害を起こしやすい.四肢痛に対してはカルバマゼピンが有効である. c.GM1ガングリオシドーシス
β-ガラクトシダーゼが欠損するために,GM1ガングリオシドやアシアロGM1ガングリオシドなどの糖脂質が脳,肝臓,脾臓などに,またケラタン硫酸などのムコ多糖が骨に蓄積する常染色体劣性遺伝病である.日本人に多いのは成人型(3型)である.学童期から構音障害が現れ,ジストニア,筋強剛などの錐体外路症状が特徴的である.日本人の成人型ではI51Tの遺伝子変異が多い.治療には骨髄移植が試みられているが効果は乏しい. d.GM2ガングリオシドーシス
GM2ガングリオシドの加水分解が障害され,おもに神経細胞のライソゾームに蓄積する常染色体劣性遺伝病である.多くは乳児型である.近年,脊髄小脳変性症,あるいは脊髄性筋萎縮症類似の若年成人発症例が海外で報告され注目されている.酵素補充療法では,血液脳関門をこえて酵素を中枢神経系に運ぶことが困難で治療効果は上がっていない. e.Niemann-Pick病C型 膜蛋白質であるNPC1の欠損またはエンドゾームでNPC1と共存する分泌性蛋白質であるNPC2の欠損によりLDL由来のコレステロールの細胞内輸送に欠陥が生じ,ライソゾーム内に遊離型コレステロール,糖脂質が蓄積する常染色体劣性遺伝病である.幼児期からの精神発達遅滞,失調,カタプレキシー(笑うと力が抜ける),垂直方向の眼球運動障害がみられる.思春期あるいは20歳前後の精神症状,知的退行,垂直眼球運動障害での発症例もあり,脳でアミロイドβ蛋白質の沈着が認められ,Alzheimer病との関連で注目されている. f.異染性白質ジストロフィ
アリルスルファターゼAの欠損によりセレブロシド-3-硫酸(sulfatide)が脳白質,末梢神経,腎などに蓄積する常染色体劣性遺伝病である.末梢神経障害が特徴である.検査では末梢神経伝導速度の著明な低下,脳脊髄液の蛋白質の増加がみられる.[宮嶋裕明] ■文献
Peroxisomes & Lysosomal enzymes. In: The Metabolic and Molecular Bases of Inherited Disease, 7th ed(Scriver CR, Beaudet AL, et al eds), pp2287-2882, McGraw-Hill, New York, 1995.
Genetic diseases of the CNS. In: Merritt’s Neurology, 12th ed (Rowland LP, Pedley TA, eds), pp614-632 & 646-650, Lippincott Williams & Wilkins, New York, 2009.