内科学 第10版 「腎臓の構造と機能」の解説
腎臓の構造と機能(腎疾患患者のみかた)
腎臓の働きは体液の恒常性の維持,蛋白分解などに伴い生じた有害物質の除去,血圧調整,エリスロポエチンやビタミンD3産生などの内分泌機能である.腎臓は,食物や水の経口摂取量が日によって大きく変化しても生体に過不足がないように,水や電解質を尿中に排泄して体液の恒常性を維持している.腎臓が正常であれば,1日の食塩摂取量が1 gでも50 gでも血清Na値は正常に保たれるが,尿中Na排泄量は50倍違ってくる.したがって,生体がどのような環境にあるか最も鋭敏に反映するのは尿所見である. 自然界では,陸上での食塩や水の摂取は困難であるため,陸上の動物は常に低血圧による循環障害の危険にさらされている.このような状況においても,腎臓は1日150 Lにも及ぶ濾過を保ち,多量の再吸収を行いながら体液の恒常性を維持している.腎臓の構造と機能はこの目的を達成し,かつ,腎臓自身の虚血傷害を防ぐためにきわめて精巧にできている. 図11-1-1と図11-1-2に腎臓の構造を示す.腎臓には毎分1 Lにも及ぶ血液が流入するが,その90%以上は皮質に分布する.一方,髄質血流は総腎血流のほんの数%にすぎず,傍髄質糸球体輸出細動脈の下流にあたる直血管によって供給される.したがって,髄質に運搬される酸素量は少なく,しかも,髄質局所により酸素濃度に差異がある.髄質内層は,細いHenleの脚が能動輸送をしないため酸素消費が少なく,酸素濃度は保たれる.一方,髄質外層では活発な能動輸送のために酸素が多量に消費されて組織酸素濃度が低下しやすい.したがって,虚血や循環不全に対して最も脆弱なのが髄質外層である.中でも直血管(つまり血液)から遠い太いHenleの上行脚(medullary thick ascending limb:mTAL)が特に傷害を受けやすい.髄質外層における血管と尿細管の位置関係をみると,直血管の近傍に傍髄質ネフロン(長ループネフロン)のmTALが位置し,表層に近いネフロン(短ループネフロン)ほど直血管から遠くなっている.したがって,腎臓に課せられた大命題は,表在ネフロンのmTALの傷害を防ぎつつ,多量の濾過と再吸収を行うことである.
この命題はレニン-アンジオテンシン(renin-angiotensin:RA)系の巧妙な働きにより達成されている(図11-1-3).すなわち,食塩摂取の低下に伴い上昇したアンジオテンシンⅡ(AⅡ)は輸入細動脈よりも輸出細動脈を収縮させて糸球体内圧を上げ,個々のネフロンでの糸球体濾過を維持するように働く.さらにAⅡによる輸入細動脈の収縮作用にはネフロン間で差異があり,表在糸球体輸出入細動脈は強力に収縮させるが,傍髄質糸球体輸出入細動脈でははるかに弱い.表在糸球体では輸入・輸出細動脈の強い収縮のために糸球体血流量が減少し,GFRは減少する.一方,小葉間動脈の末梢にある表在糸球体細動脈の収縮のために,小葉間動脈近位部の血圧が上がり,そこから分枝する傍髄質糸球体にかかる圧力が上昇する.このため,表在ネフロンGFRは減少するのに対し,傍髄質ネフロンGFRは上昇し,腎臓全体のGFRは保たれる.このようなGFRの腎内シフトにより,傍髄質ネフロンを通過するNaは増加することになるが,このネフロンは長いループをもつため,Naを効率よく再吸収し,しかも,その近傍には直血管(酸素)があり,虚血に落ちることはない.一方,表在ネフロンでは濾過が減少するとともに,AⅡが近位尿細管における再吸収を促進する.したがって,直血管から遠く,虚血に最も弱い表在ネフロンmTALに到達するNaは大幅に減少し,仕事量,すなわち,酸素消費量も低下する.こうして,食塩や水分摂取の困難な環境下でも,腎臓に障害をきたすことなく,多量の濾過と再吸収を行い,Naバランスを維持することが可能となる.上記は精巧な腎機能調節のほんの一部であるが,腎臓の構造と機能を理解することは各種腎疾患の病態を考えるうえできわめて重要である.[伊藤貞嘉]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報