生物は化学的あるいは電気化学的こう配に逆らって物質を輸送する機構を有しており,この代謝的エネルギーに依存した輸送過程を,能動輸送と呼ぶ。細胞膜や細胞内小器官膜はそれぞれの生理機能に対応する内部のイオン環境を維持している。これらのイオン不均一分布には能動輸送過程が関与している。細胞内の主要な1価カチオン(陽イオン)はカリウムイオンK⁺,内部環境はナトリウムイオンNa⁺であり,およそその濃度比は15:1になっている。胃粘膜細胞では塩酸を分泌し,このとき水素イオンH⁺の細胞内外の濃度こう配は106倍に達する。骨格筋の収縮は10⁻6mol以上のカルシウムイオンCa2⁺によってもたらされるが,これは筋小胞体膜に10⁻3mol程度に蓄積されたCa2⁺が放出されることによる。これらは,Na⁺,K⁺-ATPアーゼ,H⁺-ATPアーゼ,Ca2⁺-ATPアーゼと呼ばれる酵素により,ATPの有する化学エネルギーを利用してイオンを運ぶ能動輸送過程(イオンポンプion pumpという)に依存している(ナトリウムポンプ)。このようにATPの加水分解などのエネルギー供与と完全に共役した輸送を第一次能動輸送と呼ぶ。これに対して,上記のポンプによって形成されたイオンの電気化学的ポテンシャル差を利用して,他の分子を濃度こう配に逆らって輸送する機構が数多く知られている。このような輸送を第二次能動輸送と呼ぶ。細菌の糖やアミノ酸の輸送系はH⁺の電気化学的ポテンシャル差⊿μH⁺,小腸の上皮細胞や腎臓における再吸収などはNa⁺のこう配⊿μNa⁺に依存して,栄養物質をほとんど完全に吸収することができる。このようにある物質の移動に他の物質(イオン)の移動を伴う輸送を共輸送cotransportと呼ぶ。
能動輸送はいずれも上り坂uphill反応であるから他のエネルギーの供与があって初めて可能となる。したがって逆にエネルギー代謝を低温,無酸素状態,阻害剤などによって阻害すると,能動輸送もまた停止してしまう。能動輸送に必要なエネルギーは,多くの細胞の代謝系に大きな割合を占めており,全代謝エネルギーの30~40%が利用されているほどである。輸送過程にはそれぞれ特異的な膜内在性のタンパク質が関与していることが遺伝学的,生化学的研究によって明らかにされた。その実体である輸送担体(キャリア)の分離も行われ,その機序の解明も進みつつある。生体の輸送現象の特徴の一つである輸送基質の特異性の高さ(選択的透過性)も担体のもつ性質として理解される。人間では輸送過程に欠陥を生じたいわゆる輸送疾患transport diseaseが20種以上も知られている。たとえばグルコース-ガラクトース吸収不完全症(糖),シスチン尿症(アミノ酸),ビタミンB12吸収不完全症,遺伝性球状赤血球症(Na⁺,K⁺),家族性くる病(リン酸塩)などであるが,今のところ輸送系のどの成分の欠陥なのか分子レベルでは説明されていない。
執筆者:大隅 良典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生体膜を通して、物質をその濃度勾配(こうばい)に逆らって移動させる過程をいう。その物質がイオンの場合は、濃度勾配と膜内外の電位差による電気化学的ポテンシャルの勾配に逆らう輸送をいい、それを行う機構をイオンポンプという。能動輸送に必要なエネルギーはアデノシン三リン酸(ATP)の加水分解によって得られるため、呼吸や解糖などを阻害してATPの供給を断てば、能動輸送も停止する。一般に細胞膜には、10倍以上の濃度差に抗して細胞内からナトリウムイオン(Na+)を細胞外に運び出す機構があり、ナトリウムポンプとよばれている。この機構はまた同時に細胞外からカリウムイオン(K+)を細胞内に運び込む機構と共役しているため、Na+‐K+交換ポンプともいわれる。ナトリウムポンプの実体と考えられるものは、細胞膜にあるNa+とK+により活性化されるATP加水分解酵素(ATPアーゼ)である。この酵素はウアバインにより特異的に阻害されるが、またウアバインによってナトリウムポンプも停止する。イオンポンプはきわめて特異性が高く、ナトリウムイオンと似た性質をもつリチウムイオン(Li+)も運搬しない。小腸上皮では、糖やアミノ酸が、直接エネルギーを消費して運搬されているようにみえるが、これは、ナトリウムポンプによりつくられたNa+の濃度勾配に依存する輸送であり、共(きょう)輸送といわれる。イオンポンプにはナトリウムポンプのほか、カルシウム(Ca2+)ポンプ、塩素(Cl-)ポンプ、プロトン(H+)ポンプなどがある。これら種々のイオンポンプは類似の分子構造をもち、その構造と機能の関係が調べられている。能動輸送は、細胞内イオン環境の維持、吸収のほか、浸透圧調節、排出など多くの基礎的な生物学的機能に深く関係している。
[村上 彰]
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生体膜を介して存在するある物質の濃度勾配に逆らって,その物質が輸送される過程をいい,生化学的なエネルギー消費を伴う.単純な物理的拡散による受動的透過に対比されるもので,その形式によって大別すると次のようになる.
(1)単純能動輸送:大腸菌のラクトース系に代表されるもので,基質はほかの物質の移行を伴わずに移動する.
(2)共輸送:腸壁上皮細胞におけるアミノ酸や糖の取り込みの場合に例示されるもので,有機分子は見掛け上ナトリウムイオンと同方向へ移動する.
(3)交換輸送:ナトリウムポンプ(Na+,K+-ATPase)に例示されるもので,ナトリウムとカリウムが互いに反対方向に輸送される.
なお,細菌について,糖がリン酸化をうけながら生体膜を透過する過程の存在が実証されている.[別用語参照]イオンポンプ
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…ATP(アデノシン三リン酸)をADP(アデノシン二リン酸)と無機リン酸に加水分解する酵素の総称。ATPアーゼ作用を示すタンパク質(酵素)はいずれも,生体内においては同時になんらかの機械的仕事(運動),浸透圧的仕事(能動輸送)などをおこなう機能タンパク質である。すなわち生体は,常になんらかの物理的仕事に対するエネルギーの供給と共役したかたちでATPを分解するように造られており,ATPがむだに加水分解されることはない。…
…細胞に取り込まれて吸収される場合は,単純な拡散で吸収される受動的吸収と,濃度の低いほう(管腔内)から高いほう(細胞内)に濃度こう配に逆らって吸収される能動的吸収とに区別できる。能動的な吸収は,吸収細胞が正常の代謝を営んでいないと起こりえず,エネルギーを消費する特殊な細胞機序を基盤としており,このような物質の輸送を能動輸送という。ブドウ糖,ガラクトース,アミノ酸などの栄養素の腸管吸収はこの例である。…
…つぎにこのろ液(原尿)が細尿管内を流れるあいだに,水,ブドウ糖,無機塩類などの必要な物質は再吸収されて血液中にもどり,余分な物質やろ過が不十分であった物質は,血液中から細尿管内に分泌され,最終的に尿ができる。再吸収と分泌の過程では,濃度こう配に逆らって濃度の低い側から高い側へ物質が輸送されることもある(能動輸送)。その結果,物質の種類によって血中濃度にたいする尿中濃度の比(U/P比)に大きな差を生じる。…
※「能動輸送」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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