日本大百科全書(ニッポニカ) 「腸炎ビブリオ症」の意味・わかりやすい解説
腸炎ビブリオ症
ちょうえんびぶりおしょう
腸炎ビブリオVibrio parahaemolyticusによっておこる感染症で、日本における細菌性食中毒のなかで、サルモネラ食中毒に次いで重要な食中毒である。7月から9月上旬にかけての夏季をピークとし、6月下旬から10月上旬までの間に集中的に発生するのが特徴の一つである。
腸炎ビブリオは、1950年(昭和25)10月に大阪府下で発生したシラス干し食中毒事件(患者272人のうち20人死亡)の原因菌として発見され、55年に発生した国立横浜病院の食中毒事件に際してその好塩性が確認され、病原性好塩菌とよばれたが、63年以降腸炎ビブリオとよばれるようになった。病原微生物学に唯一の好塩菌として登場した腸炎ビブリオは、コレラ菌と同じビブリオ属に属するグラム陰性の桿(かん)菌であるが、コレラ菌のように長軸は彎曲(わんきょく)していない。食中毒の原因となるのは、原則として特殊な溶血性をもつ神奈川現象陽性菌である。血液寒天培地上で溶血環を形成する現象は、神奈川県衛生研究所で発見されたところから神奈川現象とよばれている。しかし、海水や魚貝類など自然界から分離される好塩菌のうち、99%前後は神奈川現象陰性菌である。
腸炎ビブリオ症は日本独特の食中毒と考えられていたが、1970年以降、好塩菌の検出法が諸外国にも普及し、アメリカや東南アジア諸国からも多数の食中毒例が報告され、腸炎ビブリオは世界中に分布しており、食中毒の危険性はどこにもあると考えられるようになった。おもに海産魚貝類を介しておこり、生魚を料理したまな板、包丁、ふきんなどを介した二次感染もある。潜伏期間は摂取菌量の多少にもよるが、一般に原因食摂取後4~18時間とされる。
症状は急性胃腸炎または腸炎の経過をたどるが、循環器障害を伴うこともある。腹部違和感または胃けいれん様の上腹部痛に続いて悪心(おしん)、嘔吐(おうと)、下痢がおこる。下痢は水様の血便で、赤痢様となる場合もあるが、精液様の便臭がある。発病後12時間くらいで寛解し、24時間後には回復するが、正常便に戻るまでに1週間前後かかる。治療にはニューキノロン(ピリドンカルボン酸)系の化学療法薬のトシル酸トスフロキサシン(オゼックス)やノルフロキサシン(バクシダール)などが用いられ、脱水症状に対して輸液を行う。予防としては、海外での感染を除けば夏季だけに発生するので、この時期には海の魚や貝類は加熱調理が望ましく、生で食べるときは、真水でよく洗うか酢で調理する。なお、この菌が付着した野菜や漬物を食べても発病するので、生の魚や貝を調理した後の包丁やまな板はよく洗うことが大切である。
[柳下徳雄]
『竹田美文・工藤泰雄・篠田純男・本田武司編『腸炎ビブリオ第3集』(1990・近代出版)』