生物が親なしに物質から一挙に偶然生ずることがあるとする説。古来日常的にも学問的にも自然発生spontaneous generationはありうるとされてきた。アリストテレスはウナギの自然発生を認めていたし,近代に入るまで自然発生を否定する人はいなかった。17世紀にレディF.Redi(1629-97)は,蛆(うじ)の自然発生を実験的に否定し,それにつづき昆虫などのありそうに思われた自然発生が否定されたことにより,17世紀後半には,自然発生はないとされるようになった。この背景には,神の天地創造以降は自然界の秩序は不変で,生物の種は固定しているとする自然観があった。
18世紀に入ると自然発生に関する論争が再び起こった。ニーダムJ.T.Needham(1713-81)は,当時新たに顕微鏡で発見された微生物の領域で自然発生があることを示す実験を提示し,それに反対するL.スパランツァーニと激しく論争した。この論争は,発生学における前成説と後成説の論争や生物種の固定説対可変説という対立にも結びついていた。自然発生説は,後成説や種の可変説とともに,進化論を示唆する動的自然観の根拠として用いられた。
19世紀に入ると自然発生の問題は,現在の地球上における微生物発生の問題と,進化論と関連した生命の起源の問題とに分かれて議論された。微生物発生の問題については,ニーダムとスパランツァーニの論争が,L.パスツールによって実験的に解決されたが,これらの実験は発酵の生物関与説および病原細菌論の展開と結びついたものであった。しかしこの問題が最終的決着をみるためには,ほかに寄生虫の生活環の発見や,減数分裂による細胞分裂機構の発見がさらに必要であった。生命の起源の問題についてはJ.B.deラマルクが,生物の進化系列の最初に自然発生を認めており,この問題は20世紀の初めまで議論が続いた。20世紀に入り,A.I.オパーリンらの地球上における生命の起源に関する研究が進められると,生物の基本的属性をもったものがある時点で一挙に形成されたことはなく,さまざまな段階を経て徐々に形成されたとされるようになり,自然発生の問題は消滅した。
執筆者:横山 輝雄
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生物が親なしにも生じうる、いわば自然にわいて出ることが可能であるという考え。偶然発生説ともいう。たとえば、腐った肉からウジがわき、湿った土からカエルやネズミが生じるということは、洋の東西を問わず古代の人々の通念であり、最古の動物分類大系といわれる紀元前のインドのそれは、動物を、子宮から生まれるもの、卵から生まれるもの、湿気と熱から生まれるもの、野菜から生まれるもの、というように、その発生の仕方で四つに分類している。このような考えは、かならずしも彼らの世界観からの結論ではなく、ウジやカエルが突然肉や土中から現れてくるという、むしろ素朴な観察から確認された結論といえる。それゆえ、神による創造説を信じながら、自然発生説もまた素朴な信念として、その後も広く行き渡っていた。それと同時に、この世界には生命の要素(胚種(はいしゅ))が広がっており、それによって無機物が組織されて生物になるという生気論的世界観と結び付いた自然発生説も存在した。近代に入って何度も行われた自然発生説をめぐる論争は、この生気論的世界観と機械論的世界観の対立であったといえる。
自然発生説に対する最初の実験的否定は、17世紀にイタリアのレーディによってなされた。彼は、肉を入れた容器を布で覆っておけばウジが発生しないことを示し、ウジの出現にはハエが卵を産み付ける必要があることを示した。その後、生物の複雑な構造が明らかにされたこととも相まって、高等生物の自然発生は信じられなくなった。しかし、そのころ、レーウェンフックにより微生物の存在が確認され、18世紀に入ってからは問題は微生物の自然発生に移される。この論争は、19世紀後半に、パスツールが巧妙な実験で、微生物の自然発生は空気中の胞子が侵入して繁殖することにほかならないことを証明するまで続いた。
このように、自然発生説は完全に否定されたが、地球の発展過程の一段階として生起した生命の自然発生まで否定されているわけではない。
[上田哲行]
『パストゥール著、山口清三郎訳『自然発生説の検討』(岩波文庫)』
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