イギリスの社会人類学者。ロンドン大学に入学したが、1年後にオックスフォード大学(マートン・カレッジ)に移り、エバンズ・プリチャードに師事し、1953年に「プナンの社会組織」と題する博士論文により、オックスフォード大学から学位を取得。1956年からオックスフォード大学人類学講師、マートン・カレッジのフェローとなり、1976年にオックスフォード大学教授、オールソールズ・カレッジのフェローとなる。1990年にオックスフォード大学を定年で退職。ボルネオのプナン、インドネシアのスンバ島、マラヤなどで実地調査を行った。
ニーダムの社会人類学の特色は三つに分けられる。第一は親族関係、社会組織に関するものである。民族誌『マンボル――スンバ島北西の一領域における歴史と構造』(1987)の重点は出自、カテゴリー(親族の関係名称)、婚姻、縁組に置かれている。縁組については、最初の著書『構造と感情』(1962)において、いくつかの父系社会で母方交差いとこ婚(母の兄弟の娘との婚姻)が義務づけられ、あるいは優先されたりするのに対して、父方交差いとこ婚(父の姉妹の娘との婚姻)は禁じられるという習慣に関するレビ・ストロースの構造主義的解釈へのホマンズとシュナイダーDavid Murray Schneider(1918―1995)の批判を、豊富な事例によって退けた。
第二は、象徴的分類に関する研究である。自ら編集した『右と左――象徴的二元論』(1973)や著書『象徴的分類』(1979)、『対位法』(1987)などで、象徴的分類研究の方法論について述べている。彼によれば、象徴的分類は民族誌の事実を丹念に分析した結果とらえられる集合表象であって、その社会の人々にかならずしも意識されているとは限らないという。またフランスのルイ・デュモンの、善は悪と反対のものであるが、悪のない世界が善であるはずはないから、善は悪を含んでいるという批判に対して、ニーダムは、悪の属性は紛れもなく善のそれと相いれないものであり、善が悪を含むという説は間違っていると論じている。さらにデュモンは象徴体系に関するニーダムらの研究は社会形態の状況を軽んじているというが、ニーダムは、象徴体系の研究は社会構造や社会的状況ないしコンテクストとの関連で分析しており、デュモンの批判はあたらないと反論している。したがって、象徴的二元論の研究においてはコンテクストがあいまいで、抹消されてしまうというデュモンの批判も間違っているとしている。
第三に、間違っていると思われる批判に対しては、一つの民族誌的事実だけでなく、いくつもの民族誌をあげて反証を示しているので、ニーダムの主張は強い説得力をもつものになる。自分のある考え方を主張するときも、豊富な全世界にわたる民族誌的データによって裏づける。彼の研究全体を通じて冷徹な経験主義・実証主義がうかがえる。それとともに、社会人類学者として重要なことは、フィールドワークによる一つの民族誌的研究を試みるだけでなく「世界中のさまざまな文化伝統の分布と特色を知ることであり、文字どおり世界的規模で人間を考えなければならない」と述べている。こういう態度は彼を比較文化的研究に促すことになる。比較研究にも優れ、ニーダムは自らを比較主義者であるともいっている。
[吉田禎吾 2018年12月13日]
『三上暁子訳『構造と感情 人類学ゼミナール4』(1977・弘文堂)』▽『R・ニーダム著、江河徹訳『人類学随想』(1986・岩波書店)』▽『吉田禎吾・白川琢麿訳『象徴的分類』(1993・みすず書房)』
イギリスの科学史家、生化学者。ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学で生化学を学び、同大学教授となり生化学を講じた。生化学の業績も多いが、中国科学史家として知られる。1930年代から中国に深い関心をもち、1942年から4年間、中国に滞在。1951年から膨大な『中国の科学と文明』Science and Civilization in Chinaの刊行を始めた。1976年退職、東アジア科学史図書館長、さらにこの図書館を中核として設立されたニーダム研究所の名誉所長を務めた。
[中山 茂]
『東畑精一・藪内清監修『中国の科学と文明』全11巻(1974~1981/新版、全8巻・1991・思索社)』▽『魯桂珍、J・ニーダム著、橋本敬造・宮下三郎訳『中国のランセット――鍼灸の歴史と理論』(1989・創元社)』▽『牛山輝代編訳、山田慶兒他訳『ニーダム・コレクション』(ちくま学芸文庫)』
イギリスの科学史家,生化学者。ロンドンの外科医の子として生まれ,ケンブリッジ大学で生化学を学び,1932年に同大学のリーダー(次席教授)となり,66年には同大学キース・カレッジのマスター(学寮長)となった。夫人ドロシーも生化学者としてケンブリッジ大学に奉職し,夫婦ともどもローヤル・ソサエティ会員となる。生化学に関する業績も多いが,1936年のころから中国科学史に深い関心をもつようになり,42年から4年間,中英科学顧問団の一員として中国に滞在した。帰国後,《中国の科学と文明Science and Civilisation in China》を編纂するという大プロジェクトを計画し,54年にその第1巻がケンブリッジ大学より出版された。このプロジェクトには全7巻が予定され,現在(1983)の時点で第2,3,4(3分冊),5(3分冊)巻が出版されている。このうち第4巻までは11冊に分けて邦訳出版された。こうした研究のかたわらユネスコの科学部長に就任したり,1952年にはアメリカが朝鮮で細菌戦術を行ったかどうかを調べる国際調査団の一員として朝鮮に赴いた。学者としての幅広い活動をしている。76年にケンブリッジ大学を引退してから,東アジア科学史図書館の設立を進めた。中国科学史研究のリーダーとして,その周辺には魯桂珍などの中国人学者をはじめ,欧米のすぐれた中国科学史家が集まっている。中国,日本をしばしば訪れ,その邦訳とともに日本にもなじみが深い。
執筆者:藪内 清
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1900~95
イギリスの中国学者,生化学者,科学史家。ロンドンに生まれ,ケンブリッジ大学に進んで,医学を学ぶ。西洋の科学史をふまえ,比較史の立場から中国における科学技術の優位性を明らかにした。『中国の科学と文明』はその代表作。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…最も広く定義して,自然についてのなんらかの体系的知識を自然科学と呼ぶことにすれば,その種の知識体系は,どの時代,どの文化圏にも存在したはずであり,かつ今日でも存在しているはずである。事実,科学史の課題をそうした比較科学史的な関心に引き寄せて論じようとする論者もあり,たとえばJ.ニーダムの手で進行中の大著《中国の科学と文明》(1954‐)などは,必ずしも明確な比較的手法をとってはいないものの,基本的にはそうした関心のもとで書かれている。しかし,一般には科学は近代ヨーロッパの所産と考えられており,事実,今日〈(自然)科学〉の名に値するものは,いっさいの概念を西欧に負っているとみなされる。…
…そのほか,科学史の方面では,道士の練丹術のための化学実験がとくに注目され,彼らの発見したのが黒色火薬であったこと,そのプロセス,などが確認されたりしている。道教
[科学]
本稿の冒頭に中国的なものに対する誤解の例をあげておいたが,いまひとつ,これは誤解といってしまってよいかどうか一抹の疑いは残るが,有名なジョゼフ・ニーダムが紹介している話がある。J.B.ビュアリ《進歩の観念》(1920)には,古代ヨーロッパ人には全然知られていなかった火薬,印刷,羅針盤を発明したという理由で〈古代人〉に対して〈近代人〉をうまく擁護したルネサンス期のひとたちの議論を評価している個所があるが,これらの発明が実は中国人のものだという脚注すら見当たらない,と。…
…1500年以前においては中国の科学技術は,多くの点でヨーロッパより進歩していたとも考えられ,その成果のいくつかはイスラム諸国を通じてヨーロッパに伝わった。こうした観点は《中国の科学と文明》という大著を書いたJ.ニーダムによっても取り入れられ,ニーダムは1500年以前に重点をおいて中国で発達した科学技術の成果を記述した。
[中国の科学とヨーロッパ]
周知のように紙,印刷術,磁石,火薬は中国人によって最初に発明ないし発見されたものであり,これらの発明・発見がヨーロッパに及ぼした影響は甚大なものであった。…
…この立場による研究は,それ以前の形態学の方法のみによる発生学とは異なるものであることを自己主張するため,化学的発生学chemical embryology(あるいは生化学的発生学)と呼ばれた。この新しい学流の先駆者の一人はJ.ニーダムであるが,彼は後年大転向して中国の科学史の研究の権威者として有名になった。 20世紀後半の生化学や生物物理学の進歩はめざましく,発生の研究の技術としてどんどん駆使されるようになってきたので,発生の研究に生化学的方法など,形態学以外の方法を導入することは,現在の発生学の研究では当然のこととなってきたので,発生生化学というような呼称は消滅している。…
…またそのalchemyという語のal(アラビア語の定冠詞)からすると,錬金術はそれを表す語al‐kīmiyā’とともにアラビアに由来するとも考えられる。さらにJ.ニーダムのようにalchemyを中国語の〈金〉と結びつける論者もいる。しかし,この起源は遠くおもに古代エジプトと古代ギリシアに求めるのが穏当であろう。…
※「ニーダム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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