日本歴史地名大系 「興徳寺」の解説 興徳寺こうとくじ 福島県:会津若松市若松城下五之丁興徳寺[現在地名]会津若松市栄町もとの五之(ごの)丁の中ほどから北へ入る興徳寺前通とよばれる小路の北端にある。入口には会津出身の京都大学総長小西重直筆の「蒲生氏郷公墳墓之地」の石柱が立つ。瑞雲山と号し、臨済宗妙心寺派、本尊聖観音。蘆名氏五代盛宗が禅道を信じ、弘安一〇年(一二八七)中国の西蜀から帰化した大円禅師に請うて開山させたという。蘆名氏代々の信仰が深く、とくに九代修理大夫盛政の帰依が厚く、多くの庄園が寄付され、別院二四を擁する壮大な堂塔があった。 興徳寺こうとくじ 岐阜県:瑞浪市小里村興徳寺[現在地名]瑞浪市稲津町小里小里(おり)川西岸にある。全源山と号し、臨済宗妙心寺派。本尊釈迦如来。慶長六年(一六〇一)旗本小里光明の菩提寺として小里城下の川辺に創建された。しかし同一四年八月洪水で流失したため、城の北西の旧大蔵(だいぞう)寺の跡地に再建されたという(「小里家譜」阿子田文書)。大蔵寺は小里氏の菩提寺と伝えられ、同寺の本尊とされる菅公像(県指定重要文化財)は現在当寺に安置されている。 興徳寺こうとくじ 長野県:飯田市伊豆木村興徳寺[現在地名]飯田市伊豆木伊豆木(いずき)村の中央部に位置する。臨済宗、花藤山と号す。旗本伊豆木小笠原氏の祖長巨が葬られて後、同氏代々の菩提寺となった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報