日本初の体系的化学書。宇田川榕菴(ようあん)の訳述。大半が仮名交じり文で、内篇(へん)六篇(各篇3巻、計18巻)、外篇1篇(3巻)からなる。1837~1847年(天保8~弘化4)に順次、稿なり刊行された。その内容は、18世紀末のラボアジエ化学体系、さらにデービーやベルツェリウスの電気化学など1820年代までの成果を取り入れている。しかしドルトン提唱(1803)の原子・原子量の考えはほとんどない。内篇は理論化学で、巻1は総論として化学親和力、状態変化、熱素など、巻2~9は酸素・窒素・水素・水・アンモニアなど無機化合物非金属、巻10~15は同金属、巻16~18は有機化合物(植物)が書かれ、295章蝋(ろう)で終わる。外篇は応用化学で、鉱泉分析法などである。さらに未刊の稿本として、内篇巻18の296章以下と巻19~21(動物化学、310章膠に始まる)、および外篇巻4~5(鉱物などの分析法)、巻6(試薬の純度などの分析法)などが現存する。『舎密開宗』の原書は、イギリスのW・ヘンリー著『An Epitome of Experimental Chemistry』(1801初版、のち『Element of Experimental Chemistry』と改題、1810第六版)のドイツ語訳書を、さらにイペイAdolf Ijpeij(1749―1820)がオランダ語訳した『Chemie, voor beginnende Liefhebbers』(1803)ものであるとされる。
このほか、ラボアジエの『化学綱要』のオランダ語訳本(1800)、イペイの『依氏広義(いしこうぎ)』(1804~1812)、スマルレンブルグF. van Catz Smallenburgの『蘇氏舎密(そしせいみ)』(1827~1833)など24冊の蘭(らん)書、さらに和漢の書が参考、引用され、また榕菴自身が行った実験記録も書かれている。その意味で本書は、単なる訳書ではなく、研究書といえる。その用語(たとえば、元素、酸素、水素、窒素、酸、アルカリ、物質、燃焼、酸化、還元、温度、飽和など)の多くが今日も使われており、わが国の化学に与えた影響は大きい。
[道家達將]
『田中実校注『舎密開宗』(1975・講談社)』▽『坂口正男他著『舎密開宗研究』(1975・講談社)』▽『道家達將著『日本の科学の夜明け』(1981・岩波書店)』
幕末の洋学者宇田川榕菴が訳述し,1837年(天保8)から約10年をかけて,江戸青藜(せいれい)閣から出版された日本最初の体系的化学書。内編6編(各編3巻,全18巻),外編1編(全3巻),計21巻から成る。巻1に化学親和力,溶解,熱素による状態変化などの総論,巻2~15に無機化学,巻16~18に有機化学,外編3巻には温泉分析など分析化学が書かれている。
原本は,〈序例〉によれば,イギリスのヘンリー(W.Henry)原著 《化学入門An Epitome of Experimental Chemistry》の第2版(1801)を,ドイツ人のトロンムスドルフJ.B.Trommsdorff(1770-1837)が増注しドイツ語訳本としたものを,さらにイペイA.Ypey(1749-1820)が増注してオランダ語に重訳し,アムステルダムで1808年に刊行したもの(これは《Chemie voor Beginnende Liefhbbers of Aanleiding》(1803)とされる)という。榕菴は,原本のほかラボアジエ著《Traité élémentaire de chimie》(1789)の蘭訳本《化学原本》(1800),イペイ《依氏広義》(1804),スマルレンブルグ《蘇氏舎密》(1827)など二十数冊の蘭書,さらに和漢書を対照・引用し,また自ら実験・考察も行って本書を書き上げており,単なる訳書ではない。その内容の理論的骨格は,ラボアジエ化学体系であり,ドルトンによる原子論化学体系については,ほとんど述べられていない。とはいえ,本書において,化学元素の概念を中心に,化学物質の名称と特性,化学反応,化学実験の方法,器具・装置,操作などにつきラボアジエ化学体系はほぼ全面的に消化され,日本語の体系に移植されており,その後の日本の化学の基礎となった。なお刊本のほか,未刊稿本として内編巻19~21(動物科学),外編巻4,巻5の稿本(塩,鉱物などの分析)が現存している。
執筆者:道家 達将
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
江戸後期,宇田川榕庵(ようあん)訳の日本最初の本格的化学書。内編18巻・外編3巻。1837~47年(天保8~弘化4)刊。片仮名交り文。原書はイギリスのW.ヘンリー「化学入門An Epitome of Chemistry」(第2版,1801)で,トロムスドルフの独訳をへたイペイの蘭訳本(1803)を基本として,18世紀末のラボアジエ化学の体系をまとめている。内編は序文の化学史から,元素・化学親和力などの総論,非金属・金属,有機物の植物成分など各論的記載に詳しい。外編は鉱泉分析法など。注・実験・考察など単なる訳をこえる内容で,明治期に至るまで大きな影響を与えた。酸素・硫化水素・炭酸瓦斯など多くの化学用語は現在まで及ぶ。田中実校注「舎密開宗」所収。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…経文形式の日本最初の植物学書《西説菩多尼訶経(せいせつぼたにかきよう)》,コレラの症状と治療法《古列亜没爾爸斯説(これあもるぶすせつ)》稿,《生石灰の解凝力》稿,和・漢にない西洋薬の本《遠西医方名物考》36巻(宇田川玄真訳・榕菴校補。1822‐25),《同補遺》9巻(1834),《厚生新編(虫属)(昆虫通論)》,和・漢にある薬の西洋式利用法《新訂増補和蘭薬鏡》(宇田川玄真著・榕菴校補),日本各地の温泉の化学分析レポート《諸国温泉試説》,《植学啓原》3巻付図1巻(1835),《植学独語》稿,《動学啓原》稿,《舎密開宗(せいみかいそう)》。なかでも《遠西医方名物考補遺》巻七~九は,〈元素編〉巻一~三とあり,ラボアジエの元素概念の日本への最初の紹介の刊本として,《植学啓原》は本格的な植物学の刊本,そして《舎密開宗》は日本最初の体系的な化学の刊本として,用語をはじめ後世に与えた影響は大きい。…
※「舎密開宗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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