船の所有者や所属国(地)を明らかにするために用いる印。現在の船では大型船であれ小型漁船であれ、船側に船名や所属国(地)を記し、公海や国外航行の場合には船尾に国旗を立てて所属国を表す。歴史的にみると、船印が明確な形で登場し始めたのは中世以後のことで、それは、船の大型化に伴い経済・軍事的役割が高まり、海上交通が飛躍的に発達し、船の航行距離が拡大したことと関連しよう。中世以降近代までの帆船時代においては、船印となったのは帆に入れた紋様や船尾に掲げた旗であるが、中世以前の帆は一般に莚(むしろ)製の帆で、船印は入れられず、船印の登場は布帆の使用と時期的に対応する。印に用いられたのは、軍船では藩主の家紋が典型的で、たとえば文禄(ぶんろく)・慶長(けいちょう)の役の日本丸には巴(ともえ)の紋が、徳川家の船には葵(あおい)の紋が帆に入れられた。また近世期膨大な数に上った商船や廻船(かいせん)では、船主の家紋や名前を1、2字使用した模様などが、帆や船尾に掲げる旗に描かれた。末吉(すえよし)船や末次(すえつぐ)船はその代表的なものである。一般漁民の小型船では近代に至るまで、櫓漕(ろこ)ぎや莚製の帆が大勢を占め、航行も沿岸に限られたため船印の伝統はなかった。
[野口武徳]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…江戸時代に日の丸を重用したのは幕府である。将軍の御座船安宅丸(あたけまる)と天地丸は多数の日の丸の幟(のぼり)で装飾されていたし,1673年(延宝元)に年貢米廻漕のために雇った廻船に立てることを義務づけて以来,日の丸の幟(日の丸船印・朱の丸船印と呼ぶ)が幕府船の標識として常用された。また朱の丸の帆印は1799年(寛政11)から始まる幕府の第1次蝦夷地直轄時の赤船(あかふね)で使われている。…
※「船印」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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