江戸時代、荒れ地を開拓して新しく町村を設立することで、それに従事した者や設立当時からの住民を、草分町人、草分百姓という。草創とも書き、草切(くさきり)、芝切(しばきり)、根生(ねおい)とも称した。草分の町人や百姓は、町村内で高い家格をもち、町役人や村役人を世襲することが多く、草分の呼称は、多分に共同体秩序を維持するための権威づけとして行われた。村の草分百姓は、五軒(七軒)百姓とよばれ、日当りや水利の便のよい場所に屋敷地を構え、とくに大高持(おおたかもち)を草分地主といった。町役人のなかでも、草分名主は特権的地位を占めていた。たとえば、江戸の草分名主は、江戸開府以前から居住していた者か、徳川氏に従って三河、遠江(とおとうみ)から移住してきた者の子孫にあたる町名主で、年頭および江戸城大礼の際には登城が許されていた。
[馬場 章]
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