日本大百科全書(ニッポニカ) 「薬価基準」の意味・わかりやすい解説
薬価基準
やっかきじゅん
医療機関等で保険診療に用いられる医療用医薬品の評価基準。保険診療で使用できる医薬品の品目表としての機能と、それらの医薬品を使用したときに医療保険から医療機関や薬局に支払われる価格表としての機能をもっている。医薬品の品目ごとに規格、単位と価格を示したもので、厚生労働大臣が告示する。2023年(令和5)3月末の時点で、約1万3000品目を収載。薬価基準制度は1950年(昭和25)に当時の物価庁の所管でスタートし、1953年から厚生省(現、厚生労働省)に移管された。
医薬品は、安全性、有効性、品質について「医薬品医療機器等法」(正称「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」昭和35年法律第145号。旧、薬事法。以下「薬機法」という)の審査を受け承認されると使用できるが、医療保険の適用を受けるためには、中央社会保険医療協議会(中医協)の専門組織である「薬価算定組織」(医学、歯学、薬学、医療経済学の専門家で構成)が価格算定し、それを中医協総会で報告し承認(薬事承認)を得て、薬価基準に収載されなければならない。薬事承認から薬価収載までの期間は原則60日以内、遅くとも90日以内とされ、薬価収載は年に平均4回(後発医薬品の薬価収載は年に2回)行われている。しかし、後に述べるように、2020年から続く新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)の流行のなかで、特例や緊急の薬事承認も行われている。
薬価基準における薬価算定方式は、大きく新規収載医薬品と既収載医薬品に分けられる。新規収載医薬品の価格算定方式は、新しい効能や効果を有し、臨床試験(いわゆる治験)により、その有効性や安全性が確認され、承認された「先発医薬品」と、先発品の特許が切れた後に先発医薬品と成分や規格が同一で、治療学的に同等であると承認された「後発医薬品」によって算定方式が異なる。
先発医薬品(新薬)で同じ効果を有する類似薬があるものについては、「類似薬効比較方式(Ⅰ)」が用いられる。これは市場での公正な価格競争を確保する観点から、類似の薬効をもつ既存類似薬の1日薬価にあわせる方式である。その内容に高い新規性等が認められる場合には、上記の額に画期性加算(70~120%)、有用性加算(5~60%)、市場性加算(5%または10~20%)、小児加算(5~20%)、先駆け審査指定制度加算(先駆け審査指定制度の対象品目に指定された新規収載品で2016年度に導入。10~20%)による補正加算や、新薬創出・適応外薬解消等促進加算(真に必要な医薬品についての価格の下支えをするもの。2010年度導入)が行われる。また、薬価の改定時にはこうした新薬創出加算以外にも、発売後の適応拡大やエビデンスの創出によってつく加算がある。具体的には、小児適応の追加に関する加算、薬価収載後に希少疾病などの適応追加に関する加算、市販後に臨床試験などで真の有用性が検証された医薬品への加算などが適用される。
新規性が乏しい新薬の場合には、類似薬効比較法方式(Ⅱ)が適用され、過去数年間の類似薬と比較して、もっとも低い価格が設定される。その場合は、原則として、(1)過去10年間に収載された類似薬の1日薬価の平均価格、(2)過去6年間に収載された類似薬のもっとも安い1日薬価、のいずれか低い額とされる。その価格が(3)類似薬効比較方式(Ⅰ)による算定額を超える場合には、(4)過去15年間に収載された類似薬の1日薬価の平均価格、(5)過去10年間に収載された類似薬のもっとも安い1日薬価を算出し、(3)~(5)のうちもっとも低い価格とされる。
類似薬がない場合には「原価計算方式」(製品製造原価〈原材料費・労務費・製造経費〉に管理費・販売費、研究費、営業利益、流通経費、消費税等を加えたもの)により算定される。そのうえで、いずれの方式も同一医薬品の外国平均価格と比較した価格調整(米英仏独の価格の平均額と比較し、1.5倍を上回る場合は引下げ調整、0.75倍を下回る場合は引上げ調整を行う)と規格間調整が行われ、薬価が定められる。
後発医薬品(ジェネリック医薬品)については、初めて薬価基準に収載される場合は先発医薬品の価格の50%、後発品の銘柄数が10を超える場合は40%とされる。ただし、バイオ後発品の場合は先発品価格の70%(内服薬については銘柄数が10を超える場合は60%)とされる。すでに類似の後発医薬品が薬価収載されている場合の後発品は、最低価格の後発品と同価格とされる。
既収載医薬品の薬価算定は、中医協の診療報酬改定における「薬価改定」として行われるものである。保険者から医療機関・薬局に支払われる薬価は公定価格であるが、医薬品の市場では一般の消費財と同じように自由競争が行われており、製薬企業から卸売業者、卸売業者から医療機関・薬局の間では自由に価格設定され、医療機関や薬局に販売される価格は医療保険者から受け取る薬価基準よりも安くなり、その差額が医療機関・薬局の利益となる(これを薬価差益という)。薬価差は納入先の種類や規模により違いがあり、大型チェーン薬局における乖離(かいり)率は200床未満の病院・診療所の乖離率の2倍近くになっている。
薬価改定は、医療機関・薬局に販売された価格(市場実勢価格)にあわせて薬価を引き下げる目的で行われる。その算定式が「市場実勢価格加重平均値調整幅方式」である。これは「薬価調査」(医薬品の品目ごとに販売側と購入側の価格と数量を調査するもの)で把握した市場実勢価格の加重平均値に消費税分を加え、それに調整幅(改定前価格の2%。薬剤の流通安定に必要な費用とされている)を乗じるという方式である。薬価調査は2年に1回行われてきたが、2016年の「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」(2018年度に抜本改革を実施)において2021年度から中間年においても全品目を対象に薬価調査を行い、それに基づいて価格乖離の大きな品目について薬価改定を行う旨が定められた。2021年度の実施に先だち、2019年度に消費税率引上げに伴う薬価改定が行われて以降、毎年薬価改定が行われている。
薬価基準制度の沿革を振り返ってみると、薬価基準制度が導入された当初は、医薬品の安定確保という観点から「バルクライン方式」が採用された。これは総購入量のうち価格の低いほうから並べて一定割合(90%バルクであれば総購入量の90%に相当する量)に対応する価格を薬価とする方式である。しかし、基準薬価と実勢価格との乖離による薬価差が大きく、それを医療機関等の薬価差益とすることへの批判や、医療費に占める薬剤費比率が30%近くを占めることへの批判が強まり、1991年(平成3)の中医協建議に基づき、1992年にバルクライン方式にかわって、実勢価格の加重平均値に現行薬価の一定割合(調整幅)を加算するという方式に改められた。調整幅は当初15%とされたが、しだいに縮小され、1998年には5%となった。そのころ、医療保険制度の抜本改革が政治課題となり、新たな薬価算定方式として「参照価格制」(薬効等が同一の医薬品グループについて最低価格に近い参照価格を設定し、それを保険償還価格とする方式。薬価が参照価格を上回る場合、上回る費用は患者負担となるため忌避され、薬価は参照価格に収斂(しゅうれん)していく。ドイツで実施されている)を導入し、薬価基準を廃止するという案が取り上げられたが、日本医師会などの反対で実現には至らなかった。それにかわって2000年度(平成12)の薬価改定では、薬価算定の透明化を図る観点から、薬価算定組織が設置され、薬価算定ルールが文書化され、調整幅は2%に縮小された。これらの対策により薬価差をめぐる問題は大幅に改善された。
近年の薬価基準の改定では、世界的な新薬開発競争を背景に、外国で承認・上市されているのに日本では承認されていない薬剤が多く適応範囲が狭いものが多いこと(国内未承認薬問題)や、外国で承認・上市されてから日本で承認・保険収載されるまでの時間が長いこと(ドラッグ・ラグ問題)に対して、承認審査の迅速化が図られており、薬価基準に収載される件数も増加している。2005年には新薬収載件数が30品目程度であったが、近年は100品目を上回っている。また、保険外併用療養制度の活用等を通じて新薬の使用拡大が図られてきた。その一方では、医療費抑制の観点から後発医薬品の使用促進が図られている。
さらに近年は画期的な効能を有する新薬が開発され、非常に高額な医薬品が保険収載されてきているが、その販売額が薬価申請時における予想販売額を大幅に超え、医療保険や患者負担に与える影響が懸念される状況が現れてきた。予想販売額を大きく超える状況については、2000年に設けられた「市場拡大再算定」を適用することとしてきたが、近年の新薬のなかにはその算定方式では対応できないケースが現れてきたため、2016年度の診療報酬改定と同時に行われた薬価改定により、以下のような「市場拡大再算定の特例」が導入された。
すなわち、2000年度から行われてきた「市場拡大再算定」は、原価計算方式による新薬の場合、「年間販売額が予想販売額の2倍以上かつ年間販売額が150億円超」または「予想販売額の10倍以上かつ年間販売額が100億円超」の場合、市場拡大再算定の対象となり、販売価格を最大25%引き下げるというものであった。これに対して2016年度の「市場拡大再算定の特例」は、「年間販売額が1000億円超1500億円以下かつ販売予想額の1.5倍以上の場合は薬価を最大25%引下げる」または「年間販売額が1500億円超かつ販売予想額の1.3倍以上の場合は薬価を最大50%引下げる」とした。これにより、2016年度の薬価改定で、年間販売額が1500億円を超えたC型肝炎治療薬のソホスブビル(商品名「ソバルディ錠」)とレジパスビル・ソホスブビル配合剤(商品名「ハーボニー配合錠」)が、それぞれ約6万2000円から約4万2000円に、約8万円から約5万5000円に大幅に引き下げられた。その後、この特例は、医薬品の効能追加や用法用量の変化に伴う一定規模以上の市場拡大がなされた場合などにも適用されている。
中医協では、医療費に占める薬剤費比率が徐々に上昇する傾向にあり、さらに外国薬剤との価格調整をめぐる問題、特許薬剤の価格設定と保護期間をめぐる問題、画期的新薬の開発促進への対応など多くの課題に対して、さまざまな対応策が検討されている。薬価改定についても、費用対効果評価に基づく価格調整ルールを導入し、2021年度からは上記のように「毎年度薬価改定の実施」を行ってきた。そこでは、薬価改定により薬価が定期的に下がることによって、国民医療費は軽減し、国全体の医療費削減にもつながり、薬価改定がもたらす効果は大きい。しかし他方では、薬価改定により医療機関が得る薬価差益が低下し、それが経営に及ぼす影響は無視できない。また、製薬企業の収益も減少するため、開発費用の回収がむずかしくなり、新薬開発へのモチベーションの低下と国際競争力の弱化につながる可能性もある。毎年改定においては、そうした薬価改定のメリットとデメリットを勘案しながら進めていくことが求められているといえよう。
さらに、2020年1月に新型コロナウイルス感染症の日本での感染が確認され、その対応が緊急の課題となるなかで、政府は1月28日に新型コロナウイルス感染症を感染症法における2類感染症(結核、SARS(サーズ)、鳥インフルエンザ等と同等)に指定した。同年3月12日にはWHO(世界保健機関)が新型コロナウイルス感染症を「パンデミック(世界的大流行)とみなせる」と表明した。
こうした感染拡大に際して、2020年5月にアメリカのギリアド・サイエンシズの日本支社が新型コロナウイルス感染症治療薬「レムデシビル」(商品名「ベクルリー」)の医療保険適用を申請し、審議の結果、特例承認された。特例承認とは、「薬機法」第14条の3の規定に基づき、(1)疾病の蔓延(まんえん)防止のため緊急の使用が必要である、(2)当該医薬品の仕様以外に適切な方法がない、(3)日本と同等水準の承認制度をもつ国で販売等が認められている、という要件を満たす医薬品について、承認申請資料のうち臨床試験以外のものを承認後に提出することを認めるなど、特例的な承認を行うものである。最初の特例承認は、2010年に新型インフルエンザ対策として、グラクソ・スミスクラインとノバルティスファーマのワクチンが受けている。
レムデシビルは薬価収載をせず、厚生労働省が買い上げて各医療機関に無償配分を行った。その後、2021年に保険適用を申請し承認された。薬価は1瓶(100ミリグラム)約6万3000円、成人は基本5日間で6瓶使うので、約38万円となる。2021年度の投与患者数は約4万3000人、販売額は181億円と予測された。有用性加算などの補正加算は行われなかった。
2022年5月には政府は薬機法を改正して、医薬品等の緊急承認制度を創設し施行した。新型コロナウイルス感染症の感染拡大に対して、政府は特例承認による医薬品で対応してきたが、特例承認は海外での使用実績などを基にして承認する制度であるため、国内企業が海外に先駆けて開発した医薬品には適用されない。また、海外で流通している品目であっても、日本人に対する有効性・安全性を確保する臨床データを追加で提出する必要があるなどの課題があった。新たな緊急承認制度では、緊急時における迅速な薬事承認に向けて、臨床試験の途中でも安全性の確認を前提として有効性が「推定」できれば承認することができるとした。ただし、緊急承認を受けたとしても、2年以内に第3相臨床試験などで有効性が確認されなければ、承認は取り消される。なお、緊急承認制度の対象となる医薬品については、疾病の拡大を防止するために緊急に使用されることが必要であり、かつ、当該医薬品の使用以外に適当な方法がないことという緊急性と代替性が要件となっている。
2022年5月に塩野義(しおのぎ)製薬から新型コロナウイルス感染症に対する経口抗ウイルス薬「エンシトレルビル・フマル酸」(商品名「ゾコーバ125mg」)の緊急承認の適用申請が行われた。しかし、厚生労働省は同年7月に「塩野義製薬から提出されたデータでは有効性を推定できない」と判断し、ゾコーバの緊急承認は継続審議となった。9月に塩野義製薬は、日本、韓国、ベトナムで行った第3相パートの臨床試験で主要評価項目を達成したとして、ふたたび緊急承認の適用申請を行った。11月、このデータをもとに審議が行われ、緊急承認が了承され、同日に厚生労働大臣が緊急承認した。ゾコーバは、新型コロナウイルス感染症の症状が現れてから3日以内の軽症から中等症の12歳以上の患者に対して、初日は3錠を1回、以後5日目まで1錠を1日1回投与する。その後、2023年3月8日、中医協でゾコーバ錠の薬価収載が了承された。
なお、2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症の感染症予防法上の位置づけが2類感染症から5類感染症に変更された。これにより薬剤を含む医療費の患者負担分の公費負担がなくなり、医療費の1~3割が患者の自己負担となった。
これまで、新型コロナウイルス感染症への対応をめぐっては、薬価基準制度とは異なる例外的な措置が講じられてきた。また、医薬品の開発、販売をめぐる競争が国際的規模で激しくなっていくなかで、難病とされた疾病に対して高度な技術を使って新薬の開発が進められているが、それらの薬剤の価格が高くなる傾向があり、それに伴って医療費が増大し、薬価基準制度を取り巻く状況が厳しさを増しており、その対応が注目されている。
[土田武史 2023年10月18日]
『小坂富美子著『医薬分業の時代』増補版(1997・勁草書房)』▽『片岡一郎・嶋口充輝・三村優美子編『医薬品流通論』(2003・東京大学出版会)』▽『薬事衛生研究会編『薬価基準のしくみと解説 2018』(2018・薬事日報社)』▽『小黒一正・菅原琢磨編著『薬価の経済学』(2018・日本経済新聞出版社)』▽『薬事日報社編・刊『社会保険薬価基準』(2019)』▽『薬業研究会編『保険薬事典Plus+ 適応・用法付 薬効別薬価基準』各年版(じほう)』▽『じほう編・刊『薬事ハンドブック』各年版』