改訂新版 世界大百科事典 「蜜蠟」の意味・わかりやすい解説
蜜蠟 (みつろう)
beewax
ミツバチの働きバチの腹部の蠟腺から分泌され,ミツバチの巣の主成分となっている物質。はちみつの副産物として養蜂のミツバチの巣から主として供給され,巣房8kgから1kgの蠟が採集される。東インド,南アメリカ,アフリカ産のハチからも採れるが,産地によって性状が若干異なる。主成分は,パルミチン酸ミリシルC15H31COOC30H61,セロチン酸ミリシルC25H51COOC30H61,ヒポゲイン酸ミリシル,ヒドロキシパルミチン酸セシルなどのエステルで,そのほか遊離脂肪酸(炭素数24~33),炭化水素(炭素数25~30)を含む。製法は,巣房を加熱,圧搾し,少量の硫酸を加えた水で煮沸して蠟を採る。煮取法,抽出法なども行われる。採取した粗蠟は淡い褐色をおびた黄色である。これを天日でさらすか,活性炭,酸性白土で精製して淡黄色ないし白色の蠟とする。蜜蠟は可塑性に富み,乳化しやすいため,化粧品,つや出し剤,ろうそく,防水剤,膏薬,チョーク,クレヨンの製造などに使用される。市販品には蜜蠟以外に木蠟,ステアリン酸,パラフィン,セレシンなどを混入して用いることが多い。
執筆者:内田 安三 古代ヨーロッパですでに行われていたミツバチの飼育は,単にはちみつを得るだけではなく,蜜蠟を手に入れるためのものでもあった。とくに中世においては教会の儀式用にろうそくが多量に用いられ,修道院で養蜂が盛んに行われるようになった。また800年ころからは,毎年,定量の蜜蠟を教会や修道院に納める義務を負った蜜蠟小作人が数多くいた。蜜蠟は牛脂と混ぜて軟膏を作り,薬として用いられることもあるが,その用途はもっぱらろうそくである。カトリックが信仰される地方では,マリア御潔めの祝日(2月2日)に白と赤のろうそくを教会に持参して清めてもらう風習がある。白ろうそくは祝日のほかにも出産,洗礼,死の床,悪天候などの時に灯し,神の庇護を祈る。赤ろうそくは女性用で,産婦の手足に巻きつけて母子から魔物を遠ざけるのに用いた。燃え残ったろうそくの芯は,のどの痛みに効くとされて服用される習慣がある。蜜蠟で手,足,胃などの形を作って教会に奉納し,その部分の病気の治癒を祈願する風習もヨーロッパ各地にみられる。ミツバチが教会のろうそくのもととなる蜜蠟を作り出すことから,民話では悪魔,魔女がミツバチと敵対関係になっていることが多い。
→ミツバチ
執筆者:福嶋 正純
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報