行為障害(読み)こういしょうがい(英語表記)Conduct disorder

六訂版 家庭医学大全科 「行為障害」の解説

行為障害
こういしょうがい
Conduct disorder
(こころの病気)

 行為障害を精神医学的診断名として採用するか否かは、考え方の分かれるところです。したがってこの項では、どんな病気か、原因は何か、どのような症状かといったカテゴリーでまとめるのではなく、以下に示すことに十分な注意を払ったうえで、「行為障害」という診断を用いる必要があることを指摘することにします。

行為障害は精神医学的診断名か

 日本精神神経学会は、1970年ころに精神医学的診断から「精神病質(せいしんびょうしつ)」(本書では人格障害(じんかくしょうがい)としています)を外すことを決断しました。その謂いに従えば、行為障害は精神医学的診断ではないことになります。

●DSM­Ⅳでの記載

 なぜならば、日本で広く使われているアメリカ精神医学会の診断基準「DSM­Ⅳ」は、この行為障害を精神医学的診断として採用してはいますが、これを詳細に読めば「学習障害(読字障害や算数障害など)」「運動能力障害(発達性協調運動障害)」「コミュニケーション障害音韻(おんいん)障害や吃音(きつおん)など)」と並ぶ「注意欠陥および破壊的行動障害」のなかに位置づけており、「他者の基本的人権または年齢不相応の主要な社会的規範または規則を侵害することが反復し持続する行動様式」としているからです。

 つまり「社会的規範に沿う行動様式をとることができない」大人を人格障害とするならば、行為障害とはあくまでもその子ども版なのですから、人格障害を精神医学的診断としないと決めた日本精神神経学会の判断からいって、行為障害を精神医学的診断として取り上げることは不適切ということになります。

●ICD­10での記載

 また、広く流布(るふ)しているWHO(世界保健機関)の国際診断分類(ICD­10)のF項は、精神医学的診断分類編というべきものですが、そのF9「小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害」では、F90「多動性障害」に続いてF91「行為障害」などがそこに位置づけられています。

 このF91の記載をやや詳細に述べると「行為障害は反復し持続する反社会的、攻撃的あるいは反抗的な行動パターンを特徴とする」とされ、「年齢相応に社会から期待されるものを大きく逸脱していなければ(診断しては)ならない」としているほか、「症例によっては、非社会性人格障害へと発展することがある」といっています。

 つまり、この記載に従えば、F6「成人の人格および行動の障害」のF60「特定の人格障害」のひとつである、F60.2「非社会性人格障害」(a.他人の感情への冷淡な関心、b.社会的規範、規則、責務への著しい持続的な無責任と無視の態度、など)と連続性が高いということになります。この非社会性人格障害には「小児期および思春期に行為障害が存在すれば、いつも存在するものでなくても、この診断(注:非社会性人格障害)をよりいっそう確実にする」と記載されていることからも、その関係は明らかでしょう。

行為障害は安易に使われている

 「行為障害」という用語は、何らかの事件に関わる、一見すると理解しがたい犯罪行為があった時に使われる傾向が高いといえます。その嚆矢(こうし)ともいうべきものが酒鬼薔薇事件と称される神戸連続殺人事件であり、その後に起こったいわゆる佐賀西鉄バスジャック事件でした。

 この用語は、精神医学的診断として一人歩きしてしまい、精神科医の間でもこの用語やその概念が適切なものであるか否かを論ずる間もないほどに日本を席巻してしまいました。この用語を精神医学的診断として用いようとする人は、必ずICDやDSMが示す“定義めいたもの”を引用しますが、ICDやDSMに記載されている診断名めいた用語のすべてが精神疾患を指すものではありません。つまり、精神疾患ではない精神障害もあるわけで、そこを明確に判断しなければならないことを知るべきでしょう。

 そもそも日本では、「精神保健および精神障害者福祉に関する法律(略称:精神保健福祉法)」の第5条によって「精神障害(者)」を「統合失調症、精神作用物質による急性中毒またはその依存症知的障害精神病質その他の精神疾患を有する者をいう」と明確に定めています。つまり、日本においていう「精神障害(者)」は、あくまでも行政法である精神保健福祉法によって定義されたものであって、医学的判断による診断とはいいがたいものであることに注意を払う必要があります。

吉川 武彦

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館 「行為障害」の解説

こういしょうがい【行為障害 Conduct Disorder】

[どんな病気か]
 幼児期~青年期に診断される精神障害の1つで、他人への攻撃、規則違反などの反社会的行動をくり返すとされています。
[症状]
 アメリカ精神医学会のDSM‐Ⅳ(精神疾患の分類と診断の手引き)によると、以下のようなものが行為障害の症状とされています。
①しばしば他人をいじめ、脅迫したり威嚇(いかく)したりする。
②しばしば取っ組み合いの喧嘩(けんか)をする。
③ナイフなど他人に重大な身体的危害を与える武器を使用したことがある。
④人に対して身体的に残酷だったことがある。
⑤動物に対して身体的に残酷だったことがある。
⑥背後から襲う強盗、ひったくり、強奪などをしたことがある。
⑦性行為を強いたことがある。
⑧故意に放火したことがある。
⑨他人の所有物を故意に破壊したことがある。
⑩他人の住居、建造物または車に侵入したことがある。
⑪しばしば嘘(うそ)をつく。
⑫万引き、偽造などをしたことがある。
⑬13歳未満で始まり、親に禁止されてもしばしば夜遅く外出する。
⑭一晩中家をあけたことが少なくとも2回あるか、長期にわたって家に帰らないことが1回ある。
⑮13歳未満から始まり、しばしば学校を怠ける。
 治療は、精神科、児童精神科といった医療機関へ相談しましょう。

出典 小学館家庭医学館について 情報

百科事典マイペディア 「行為障害」の意味・わかりやすい解説

行為障害【こういしょうがい】

他人の人権や社会的な規範を侵害し,しかもそうした行動様式を持続的かつ反復してとること。1997年の神戸児童連続殺傷事件で,犯人の中学3年生(当時)・少年Aの精神鑑定の結果,〈行為障害〉および〈性障害(他人を傷つけることで快楽を得ること)〉と報告されたことで,広く知られるようになった。 アメリカ精神医学会の診断・統計マニュアルによると,人や動物を残虐に攻撃する,故意に他人の所有物を破壊する,親の禁止にもかかわらず13歳未満で夜遅く外出する――などの13項目のうち,過去12ヵ月以内に3つ以上に該当し,うち少なくとも1つは過去6ヵ月以内にあった場合,と定義されている。この結果,少年Aは重症な行為障害と診断された。 原因は家庭環境への不満や,学校での失敗などが多いが,本人自身に罪悪を感じる感覚がないためという場合もある。 なお,日本では小児精神医学の専門医が米国ほど多くはなく,行為障害を実際に治療した例は少ない。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

知恵蔵 「行為障害」の解説

行為障害

反復し持続する攻撃的・反社会的行動パターン。人や動物への攻撃性(いじめ、脅迫、暴行、残虐行為)、放火や破壊、窃盗、人をだますなど、また、小学生の時からの夜遊びや怠学などが診断基準として挙げられている。生物学的・社会的・心理的要因が考えられる。絶え間ない両親のけんか、虐待、養育の怠慢や拒否という家庭環境の不安定さは、子供の攻撃衝動を高め、欲求不満耐性を育成できない原因となる。社会的な環境の影響も大きい。薬物療法で攻撃性を軽減する可能性もある。家庭・学校・地域という多元的なアプローチが重要となる。

(田中信市 東京国際大学教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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