中国,明・清の鼎革を体験した銭謙益・呉偉業・顧炎武らの次の世代を代表する詩人。字は貽上(いじよう),号は阮亭,また漁洋山人。出身地新城の属する山東省が無抵抗のまま最初に清朝にくだったこともあって,新政権の文化政策に早々に吸収され,24歳で仕官してより71歳で刑部尚書(法務大臣)を免職されるまで順調な出世を重ねたが,その心情には常に割り切れなさがつきまとう。彼の23歳でのデビュー作である《秋柳》詩が当時の知識人の心をとらえたのは,失われた王朝への名状しがたい憂愁が歌われていたということのほかに,歌いかたのうえで,明末の鍾惺(しようせい)らの作風を反省し,古典的に精練された詩語と故事を点綴しながら靄のごときベールをひとかけするような朦朧たる表象の,清麗なリズムとあいまった新鮮な響きがあったことにもよる。この傾向は生涯を通じてほぼ変わることなく,康煕年間の〈一代の正宗〉として詩壇の中心的位置を占めた。
〈神韻説〉とよばれるその詩論は,唐の司空図の〈味の良さとは酸っぱさとか鹹(から)さを超えたところにある〉とか,禅によって詩を論じた南宋の厳羽の〈空中の音,水中の月の如し〉といった比喩を用いて説かれるが,要は限られた言語の中に無限の興趣をかもし出そうとするものである。過去の詩編については,盛唐を最上とみなす点では明の古文辞派と通ずるところがあるが,李夢陽(りぼうよう)らが李白や杜甫の〈豪放・悲慨〉(司空図の評語)に傾くのに対して,彼は《唐賢三昧集》を編んでもっぱら王維や孟浩然らの〈冲淡・清奇〉を尊ぶ。しかし彼の詩と詩論も,清朝政権の支配がゆるぎなきものになり,人々も詩の中により確かなものを求めるようになると,次の世代の趙執信からは倫理や事実の裏づけが無いことを,さらに次の世代の袁枚(えんばい)からは気魄や真情が無いことを非難され,しだいに疎んじられるようになった。
執筆者:松村 昂
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中国、清(しん)代の詩人。本名は禛(しん)。雍正帝(ようせいてい)の諱(いみな)を避けて、士正と改名したが、乾隆帝(けんりゅうてい)から士禎の名を賜った。字(あざな)は貽上(いじょう)、号は阮亭(げんてい)、また漁洋山人。山東省済南府新城の出身。1658年(順治15)の進士。11歳のときに清兵が北京(ペキン)に入城し、明(みん)末清初の動乱を少年時代に体験した。長じて清に仕え、官は揚州司理、侍読(じどく)を経て刑部尚書に達した。晩年の銭謙益(せんけんえき)の知遇を得、朱彝尊(しゅいそん)とともに南朱北王と並称された。彼は清朝風の詩の確立者であり、その代表詩人である。清代の三大詩説では、神韻説の首唱者である。その出世作「秋柳」4首により、早くも象徴的で清麗な詩風を確立し、彼の政治生活と隔絶されたところで、やや人工的な感じを伴う平淡で静謐(せいひつ)な作品世界を展開する。言外に無限の余韻の残る禅的な境地こそ、その理想とするところである。この標準により彼の編集した『唐賢三昧(さんまい)集』では王維(おうい)、孟浩然(もうこうねん)をもっとも多くとり、李白(りはく)、杜甫(とほ)は選んでいない。これによって、どの詩人に神韻が多く表れているかを示した。彼は過去の詩論では、宋(そう)の厳羽(げんう)の『滄浪詩話(そうろうしわ)』をもっとも尊重する。書室を帯経堂(たいけいどう)といい、詩文集には『帯経堂集』92巻がある。古文と詞(し)もその得意とするところであった。名作を精選した『漁洋山人精華録』12巻が流布している。随筆集には『居易録』『池北偶談』、紀行には『蜀道駅程記』などがあり『漁洋山人全集』も刊行されている。
[佐藤一郎]
『橋本循著『漢詩大系23 王漁洋』(1965・集英社)』▽『高橋和巳注『中国詩人選集2集13 王士禛』新装版(1990・岩波書店)』▽『福本雅一著『明末清初2集』(1993・同朋舎出版)』
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…別派に鍾惺の竟陵派を生むが,清代に袁枚(えんばい)がさらに展開させた。それが空疎放恣に流れることを嫌った王士禎は神韻説を主張して反対した。山本北山,元政など江戸期の詩評界に与えた影響はきわめて大きい。…
…宋詩を学ぶべしとの主張者たちは,もっと自由な作詩者であるはずだったが,やはり宋詩の欠点の一つであった知的遊戯,機知の乱用が表現の抒情性をそこなうことがあった。清朝の王士禎が提唱した神韻説はこの両派の論争を正面から反駁するものでなく,作者の内心の平静からすぐれた詩が生まれるとする。彼は古典の模倣を排撃するのでなく,作詩者の心境を第一要件とするのである。…
※「王士禎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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