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被布 ひふ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

被布
ひふ

披風とも書く。江戸時代中期から起った座敷用防寒具。羽織のようにきものの上にはおる。前が深く重なっている点や,四角い襟元を組紐で留める点,角の丸い小襟のつく点が羽織と異なる。元来は合羽 (かっぱ) が変化したものであるところから座敷合羽ともいわれた。

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百科事典マイペディアの解説

被布【ひふ】

着物の上にはおる上衣。襠(まち)があり,たて衿(えり),小衿がつき,錦の組紐(くみひも)で留める。江戸時代,茶人や俳人などが着用して流行し,のち一般の女性も用いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ひふ【被布】

和服の一種で,盤領(ばんりよう)(まるえり)の上衣をいう。もとは公家が道服(どうふく)の代りに用い,帯をしないため裾が風に披(ひら)くので〈披(被)風〉と名づけられたという。享和(1801‐04)のころには茶人,俳人など男子に限られていたが,文政(1818‐30)には武家の後家や隠居,尼などの婦女にも及んだ。《守貞漫稿》には衿に黒ビロード,金糸の組紐を用いた,とある。その後,男子の羽織に対し,おもに上流階級の婦女が家の内外を問わずに着るようになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

被布
ひふ

和服防寒用の外被の一種で、室内、室外ともに用いられる。形は羽織に似ているが、衿(えり)は丸い小衿をつけ背のほうへ折り返して着る。前身頃(みごろ)には竪衿(たてえり)をつけ、竪衿を重ねて着用する。これは現在の道行(みちゆき)コートと同じである。竪衿の上部胸元に総角(あげまき)(梅結び、菊結び)に房をつけた飾りの組紐(くみひも)を縫いつけ、これでとめる。脇には羽織と同様に襠(まち)がついている。布地は綸子(りんず)、縮緬(ちりめん)などを用いて袷(あわせ)仕立てまたは綿入れ仕立てにする。袖丈(そでたけ)、身丈は羽織に準じる。初めは披風と書き、公家(くげ)の間で用いられた外衣であった。しかしこれは今日いう被布とは形が異なっている。被布はもともと男性の茶人や俳人が享保(きょうほう)(1716~36)ごろ着用していたが、文政(ぶんせい)(1818~30)のころから婦人も着用するようになった。しかし大名、旗本などの後家や隠居のみに多く用いられ、一般の婦人がこれを着用することはまれであった。幕末には武家の女性の平常用に、やがて一般の婦女子にも用いられるようになり、明治・大正まで続いた。現在では外被として道行コートが用いられ、被布は着用されなくなった。しかし女児用には袖なし綿入れまたは袷に仕立てたものがある。3歳の女児の祝い着には、緋(ひ)の綸子、紋羽二重(もんはぶたえ)などで仕立てたものが用いられる。[藤本やす]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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