改訂新版 世界大百科事典 「製本工」の意味・わかりやすい解説
製本工 (せいほんこう)
手写した紙葉または印刷された刷本(すりほん)を,散逸を防ぎ繙読(はんどく)の便をはかるために一本にまとめる仕事を専門とする人。製本は書物の成立とともに始まる古い歴史をもっている。
ヨーロッパ
書物が主として修道院の写本工房で手写されていた時代には,装本も修道院内部において,修道士により行われるのが通例であった。しかし,12世紀ごろより,いわゆる〈世俗化の時代〉に入り,写本の生産が修道院から世俗の写字生の手に移るに従って,専門職としての装丁師(製本工)が出現する。羊皮紙を用いた当時の写本は,きわめて高価なものであったから,その保存のための装丁も豪華なものが多く,装丁師は一種の工芸家として,高く評価されていた。
15世紀中葉,ヨーロッパでも活版印刷術が発明され,書物の世界は大転換をとげる。書物に用いられる用紙も,羊皮紙から通常の紙に変わり,製本の綴(とじ)の技術にも変化が生じた。書物生産の拡大により,製本工に対する需要も格段に増大する。出版業者はヨーロッパ各地に散在する顧客を相手にしていたから,発送の便宜のため未製本のまま販売することが多かったので,書物は購入者が自ら装丁師に依頼して製本させるのがならわしであった。こうして,専門職としての装丁師がヨーロッパ各地に広く定着するようになる。
パリでは,15世紀末葉,装丁師の親方は約40名を数えた。この数は,1718年207名,18世紀末には220名に達している。王権による規制強化に伴って,同職ギルドの結成が進み,製本工も1618年,書籍商・印刷業者と共同のギルドを結成している。この段階では,この三つの職種は明確に区分されておらず,兼業して営むことが認められていた。しかし,86年に至り,製本工は,天金や革装の表紙に装飾を加える金箔師を含むかたちで,独自のギルドを結成し,書籍商・印刷業者とは分離した。新しいギルドの守護聖人は,福音史家聖ヨハネであった。書物の生産に従事する者の中で,製本工は,書籍商・印刷業者に対しやや従属的な地位にあったが,工芸家としての技能は高く認められ,美装本を愛していたことで知られるフランソア1世は,すぐれた技能をもつ者に〈王の装丁師relieur du roi〉の称号を与えた。エティエンヌ・ロッフェÉtienne Roffetやクロード・ド・ピックClaude de Picquesはとくに名高い。17世紀のパリではリュエット父子Macé et Antoine Ruetteのアトリエ,18世紀には,パドルーPadeloup,モニエMonnier,ドロームDerômeらのアトリエが,みごとな装丁で知られている。ギルド加入に際しては,造本の技術ばかりでなく,読み書き能力も要求されており,一定の教養が必要であった。ただし,会計法院付の製本工のみは,会計の秘密保持のため逆に読み書きのできないことを宣誓しなければならなかった。パリのギルドの規約では,徒弟修業が5年,職人としての修業が3年である。ただし,親方の子どもは徒弟修業を免除された。18世紀末にいたり,イギリスを中心にして,出版業者自身が書物にクロス装をほどこして販売する新しい慣行が生まれ,19世紀の間に,イギリス,アメリカ系の出版物ではクロス装が主流を占めるにいたるが,フランスでは出版は仮綴(かりとじ)本で行い,購入者が各人の趣好に応じて製本する伝統が永く守られ,装丁師の独自の機能が保たれている。
執筆者:二宮 宏之
日本
日本では天平時代(729-749),朝廷に写経司(のちに写経所と称する)を設け,経典の書写の職務をつかさどらせたが,そこには経師(きようじ),装潢(そうこう)などの職が設けられ,経師は写経にしたがい,装潢は紙をつなぎ,紙を打ち,軸や緒をつけ,黄檗(おうばく)/(きはだ)(キハダ)で紙を染めたりした。今日の表装と製本にあたる。《紫式部日記》(1008-10)には〈御前には御さらし作りいとなませ給ふとて(中略)文書きくばる,且はとぢあつめしたたむるを役にて明しくらす〉とあり,平安時代の大宮人(おおみやびと)や女官たちの本づくりのようすが記されている。
江戸時代になると,営利を目的とした書肆(しよし)(本屋)が発生するが,十返舎一九(じつぺんしやいつく)の草双紙(くさぞうし)《的中地本問屋(あたりやしたじほんどいや)》(1802)には,書肆の楽屋内を見せ,作者の原稿ができあがると,版木を彫り,刷り,丁合(ちようあい)をとり,中とじをし,まわりを化粧裁ちし,表紙をつけてとじる工程が挿絵入りで述べられていて,〈本をとじる〉のは女の仕事とされている。
日本の本格的な洋式製本術は,1873年(明治6)5月,カナダ人W.F.パターソンが印書局(今日の大蔵省印刷局)に製本教師として雇われ,多くの養成工に製本・罫引(けびき)術を伝授したことにはじまる。それ以後〈製本職〉は一個の職業として認められることになる。
→製本 →装丁
執筆者:庄司 浅水
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報