キリスト教世界において,特定の団体,教会,都市,国などを保護すると考えられた聖人のこと。多神教世界が一神教としてのキリスト教と接触する過程で生じたのが守護聖人崇拝である。ヨーロッパでは,ゲルマン地域はもとよりすでにローマ化されていた地域も含めて異教的伝統をのこす世界では,子どもの誕生,結婚,葬儀などの人生の節目や,農耕における播種と収穫,その他病気や災難にみまわれたときなどにさまざまな儀礼があり,それぞれの生活領域に固有の神々がいた。このような世界に生きていた人々にとって新しく入ってきたキリスト教の神は抽象的で普遍的であり,具体性を欠いていたから,キリスト教を受容したのちも日常生活の具体的局面において共同体と個人を守護する独自な存在が求められた。ここにおいて成立したのが守護聖人であり,それはかつては異教の神々が担っていた人間生活の多様な面における守護の機能を備えていた。家族,教会,都市などもそれぞれの守護聖人をもつことになった。
商人や手工業者は初期中世においては賤視されていたが,都市の成立以後それぞれギルドやツンフトを結成すると,彼らも独自の守護聖人をもち,みずからの職業を聖化しようとした。そのために聖人の生涯の事跡や伝承のなかで,それぞれの職業と何らかのかかわりをもつ聖人が守護聖人として選ばれた。たとえば幼児イエスを背負って川を渡ったとされる伝説的巨人クリストフォルスは救難聖人auxiliary saints(緊急の際に,信者がその名を呼んで代願を求める聖人で,通常14人があてられる)の一人で,船乗りの守護聖人とされている。またアガタは拷問ののちに火で焼かれて殉教したために,火事から人々を守る守護聖人とされている。またニベルのゲルトルートGertrud von Nivelles(626-659,祝日3月17日)は,病人や巡礼,捕らわれた人のためにつくしたことにより,中世を通じて病院の守護聖人とされ,のちにはネズミなどの被害から穀物を守る聖人ともなっている。
都市も成立当初においては市と結びついた祭礼の場であることが多く,そこから人々の崇拝の対象となった聖人の伝説と結びつく例がみられる。たとえばデンマーク王子として11世紀に生まれたとされるゼバルドゥスSebaldus(祝日8月19日)が富と地位をすて隠者としてニュルンベルク近くの森のなかに暮らし,多くの奇跡を行ったために多数の信者が集まり,ニュルンベルクは巡礼の地として発展したという。ゼバルドゥスがこうしてニュルンベルクの守護聖人とされるのであるが,それもあとになってつくられた伝説であった。これらの伝説も都市がみずからを聖化するために意図的につくりあげる場合が多いが,個々の団体が神との仲介者としての守護聖人をもっている点が注目に値する。(表参照)
→聖人
執筆者:阿部 謹也
守護聖人(守護天使を含む)の表現はひじょうに多様であるが,大別すれば(1)説話場面の中に登場する場合,(2)実在の人物とその守護聖人とを共に表す場合,(3)物語的要素を排し聖人のみを表す場合,などがある。(1)では,紅海を渡るイスラエルの民を天使が守護する場面(ローマ,サンタ・サビーナ教会の木製扉浮彫,5世紀前半)や,エジプト逃避途上の聖家族に天使がつきそう場面(《マクシミアヌスの司教座》の浮彫装飾,6世紀中ごろ)などがあげられる。(2)では,写本の献呈ページや祭壇画,墓碑などに,守護聖人に伴われた寄進者や死者の姿を表現するのが一般的である。テッサロニキのアギオス・ディミトリオス教会におさめられたモザイク(7世紀)には,守護聖人のデメトリオスDēmētriosが寄進者の肩を抱きかかえて立つ場面が描かれている。また,ヤン・ファン・アイクの《ファン・デル・パーレの祭壇画》(1436ころ)では,ゲオルギウスにつきそわれて聖母子の横にひざまずく寄進者ファン・デル・パーレの克明な肖像画が表されている。(3)は,信者が守護聖人の姿を描いた画像自体と向かいあって,瞑想したり所願の成就やキリストへのとりなしを祈ったりする信仰形態と関連して発展した。正面向きの静止した姿で描かれることが多く,近接感を強めるため半身像や4分の3身像で表されることもある。単独像のほか,周囲に聖人伝の諸場面が描かれる場合もある。典型的な例としては,ビザンティンやロシアのイコン,西欧中世の〈アンダハツビルトAndachtsbild(祈念画)〉があげられる。個人的な崇敬のほか,都市や団体などの守護聖人の画像を公的な場にかかげることも行われた。たとえば,ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの《マエスタ(荘厳の聖母)》(1308-11)とS.マルティーニの《マエスタ》(1315)は,それぞれシエナの大聖堂と市庁舎に描かれているが,これは聖母マリアが同市の守護聖人であることを示している。
執筆者:浅野 和生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…こうした行事のために構成員は一定の会費を支払い,構成員としての義務を怠った際に科される罰金として貨幣,ワイン,蠟などを支払った。兄弟団は特定の教会に専用の祭壇をもっており,それぞれの守護聖人をまつっていた。ときには小聖堂をもち,専属の祭壇づき司祭(アルタリストAltarist)をおいている兄弟団すらあった。…
…干支(えと)と結びついた神仏を個人の守護霊とする例は現代の日本にも見られる。ユダヤ教の守護天使やキリスト教の守護聖人は個人の守護霊であると同時に,土地,職業,自然などの守護神ともされる。未開民族においては,オマハ・インディアンのように,思春期の幻覚や夢に現れた動物霊が各個人の守護霊とされるという類の例が少なくない。…
…また,聖人の徳や超自然的な力にあやかり,特定の職業や災難,さらには特定の場所や学校,施設などの建造物を聖人にゆだねて保護を乞う習慣もカトリックでは広く行われている。守護聖人と呼ばれるのがそれであり,東方正教会もコプト教会も,独自の教会暦に従って諸聖人の祝日を祝っている。一方,プロテスタント教会には,制度上も習慣上も聖人祝日は見られず,聖人崇拝に対しては否定的態度が顕著である。…
※「守護聖人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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