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西川一草亭 にしかわ いっそうてい

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美術人名辞典の解説

西川一草亭

華道去風流七世。京都生。津田青楓の実兄。名は源治郎。漢学・絵画を習って美術・伝統芸能に造詣深く、夏目漱石富岡鉄斎と親交した。著書に『日本の生花』『茶心花語』等があり、また雑誌「瓶史」を刊行した。昭和13年(1938)歿、61才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西川一草亭 にしかわ-いっそうてい

1878-1938 明治-昭和時代前期の華道家。
明治11年1月12日生まれ。津田青楓(せいふう)の兄。父西川一葉にまなび,大正2年去風流7代家元をつぐ。夏目漱石(そうせき)ら文人・学者とひろい交友関係をもち,また九条武子らの名門子女を門下とした。日本伝統芸術の研究誌「瓶史」を創刊,主宰。昭和13年3月20日死去。61歳。京都出身。本名は源治郎。著作に「茶心茶語」「風流生活」。

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大辞林 第三版の解説

にしかわいっそうてい【西川一草亭】

1878~1938) 文人花の去風流の家元。京都市生まれ。弟の津田青楓を通じて、浅井忠・幸田露伴・夏目漱石などが入門した。1930年に創刊した「瓶史へいし」は生け花にかぎらず、伝統文化を論じる機関誌となり、文化研究のサロンを形成した。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西川一草亭
にしかわいっそうてい
(1878―1938)

いけ花作家。去風(きょふう)流家元。父一葉の長男として幼時からいけ花を学ぶ。また文学・美術にも研鑽(けんさん)し、その友交関係を通じて培われた教養をもとに開いた文人生(いけ)は、大正期から昭和期にかけての知識人の愛好するところとなり、九条武子(たけこ)に代表される名門の婦女子たちを集め一門を繁栄させた。また、いけ花の歴史的考察を進め、茶の湯、庭園、建築などの日本文化全般にわたっての研究誌として、1931年(昭和6)より季刊『瓶史(へいし)』を発刊するほか、『日本の生花』『茶心茶語』『風流生活』などの著書がある。[北條明直]

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世界大百科事典内の西川一草亭の言及

【いけばな】より

…安達潮花はこれを当初飾花(かざりばな)とも呼んだが,当時のブルジョア層の応接間という新しい室内空間に機能するものとして発展していった。こうした新しい形式の盛花の出現に刺激されて,西川一草亭に代表される文人花の長所に注目し,形よりも理念を先行させたいけばなを目ざして山根翠堂たちによる自由花の運動がはじめられた。明治の修養主義から大正の教養主義の時代へと,いけばなの自由花もまた人間の教義としてのいけばなを問い,その確立を志した。…

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