九州北部を中心に九州全域を配布地域とする日刊ブロック紙。本社,福岡市。1942年8月,戦時新聞統合により《福岡日日新聞》を主体に《九州日報》を統合して創刊された。第2次大戦後の47年,労働組合の経済闘争からおこった西日本新聞争議では,編集権侵害事件をひきおこしたが,この争議は〈読売争議〉〈北海道新聞争議〉とならぶ新聞界の三大争議といわれ,日本新聞協会の〈新聞編集権の確保に関する声明〉のきっかけとなった。50年代以降,石炭産業の斜陽化,九州経済の相対的地盤沈下など,地元環境の変化にともない,〈豊かな国土を築こう〉〈石炭を救おう〉など一連の地域振興のための運動を展開するとともに,〈青少年を守る運動〉〈命を守る--地域医療確立のために〉などのキャンペーンを実施するなど,地域づくりを使命とする紙面活動を続けている。朝刊発行部数は約82万部(1996)。1955年2月から姉妹紙《西日本スポーツ》を発行している。
執筆者:春原 昭彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
福岡市の西日本新聞社が九州全域と中国地方の一部を頒布地域として発行している日刊新聞。『北海道新聞』『中日新聞』と並ぶ、日本の三大ブロック紙の一つ。社歴は古く1877年(明治10)3月24日創刊の『筑紫(つくし)新聞』に始まる。1880年『福岡日日新聞』と改題、第二次世界大戦まで地方屈指の有力新聞として紙勢を誇った。1942年(昭和17)戦時新聞統合により『九州日報』(1887年4月『福陵(ふくりょう)新聞』として創刊、1898年『九州日報』に改題)と合併、同1942年8月10日『西日本新聞』第1号を発行、現在に至っている。北九州地域に密着した情報と言論の公正・報道の真実をモットーとした紙面企画はつねに読者の広い支持を受け、新聞界でも高い評価を得ている。本紙のほか『西日本スポーツ』を発行。地元テレビへのニュース提供その他、地域文化の推進に中心的役割を果たしている。発行部数は朝刊約81万3500部、夕刊約12万9600部(2010)。販売部数のシェアは福岡県でトップ。長崎、佐賀では第2位だが、販売の中心となる福岡県では全国紙も部数を伸ばしている。
[高須正郎・伊藤高史]
『西日本新聞社編・刊『西日本新聞百十年史』(1988)』
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