コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

西晋一郎 にししんいちろう

3件 の用語解説(西晋一郎の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西晋一郎
にししんいちろう

[生]1873. 鳥取
[没]1943
倫理学者。東京大学哲学科を卒業後,広島高等師範学校広島文理科大学教授として倫理学を講じるかたわら,国民精神文化研究所教学刷新評議会などにおいて,教学論,国体論の立場から国民道徳としての倫理学の研究,普及に努めた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西晋一郎 にし-しんいちろう

1873-1943 明治-昭和時代前期の倫理学者。
明治6年3月29日生まれ。35年広島高師教授,昭和4年広島文理大教授。はじめ西洋哲学を研究したが,しだいに東洋道徳と西洋道徳の折衷主義に移行していった。西順蔵の父。昭和18年11月13日死去。71歳。鳥取県出身。東京帝大卒。著作に「倫理学の根本問題」「東洋倫理」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西晋一郎
にししんいちろう
(1873―1943)

倫理学者。鳥取県に生まれる。東京帝国大学を卒業後、1902年(明治35)広島高等師範学校教授。のちに広島文理科大学教授をも兼ねた。かたわら国民精神文化研究所所員、教学刷新評議会委員、内務省神社局参与などを務めた。その立場は、主著の『倫理学の根本問題』(1923)などにみられる「純粋意識」「主客未分」「主客合一」といった用語に明らかなように、初期西田哲学の影響を示している。西田幾多郎(にしだきたろう)との直接の交友はないが、西田の親友堀維孝(ほりこれたか)(1868―1954)が同僚であった。しかし、そうした方向はその後深められることなく、しだいに、儒教の忠孝倫理をカントやヘーゲルの哲学によって根拠づけるという折衷主義に移っていった。最後は、『国民道徳講話』(1932)にみられるような、国体論にのっとった国民道徳の普及と、『尊徳・梅岩』(1938)、『東洋道徳研究』(1940)などにみられるような、儒教思想の研究へと移っていった。[渡辺和靖]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

西晋一郎の関連キーワード平田禿木井伊直方織田東禹木下俊哲関直右衛門高瀬梅吉都鳥英喜西田周吉森本仁平若尾璋八

今日のキーワード

大統領補佐官

各種政策の立案その他に関し,側近として大統領に助言する役職だが,実質上はブレーン,顧問として多面的な役割を担う。憲法で定められた唯一の行政責任者である合衆国大統領は,強大な権力を持つにもかかわらず,議...

続きを読む

コトバンク for iPhone