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謝冰心 しゃひょうしんXie Bing-xin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

謝冰心
しゃひょうしん
Xie Bing-xin

[生]光緒26(1900).10.5.
[没]1999.2.28. 北京
中国の女流小説家,詩人。本名は謝婉瑩 (しゃえんえい) 。福建省長楽県の人。北京の燕京大学卒業後,アメリカの大学に留学。帰国後 1929年社会学者呉文藻と結婚,燕京大学で教鞭をとった。抗日戦争が始ると雲南に移り,戦後は日本の東京大学で教えたが,51年帰国。その後しばしば文化代表として各国におもむくなどして活躍。文化大革命後批判を受け,70年頃,湖北五・七幹部学校で労働改造を受けたと伝えられたが,四人組失脚後は政治協商会議全国委員会常務委員として再び姿を見せた。大学在学中から多くの散文,小説を発表,問題作『超人』 (1921) やタゴールに学んだ詩集『繁星』『春水』などで有名になった。アメリカ留学中には通信集『幼い読者に』 (23~26) があり,帰国後『別れ』 (31) ,『お冬さん』 (34) などを発表。戦後は雑誌『児童文学』の編集にたずさわり,児童文学の代表作には『陶奇 (タオチー) の夏休み日記』 (56) がある。愛情,特に母性愛を基調とする静かな作風である。

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デジタル大辞泉の解説

しゃ‐ひょうしん【謝冰心】

[1900~1999]中国の女流作家福建省閩侯(びんこう)の人。本名、婉瑩(えんえい)。冰心は筆名。米国に留学。第二次大戦中は昆明に移り、作品を発表。戦後の一時期、日本に滞在。小説「超人」、児童文学「タオ=チーの夏休み日記」など。シエ=ピンシン。

シエ‐ピンシン【謝冰心】

しゃひょうしん(謝冰心)

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百科事典マイペディアの解説

謝冰心【しゃひょうしん】

現代中国の女性作家。福建省【びん】侯(びんこう)出身。米国に留学,帰国後は文学研究会系の作家として活動した。初期の《超人》をはじめ,母の愛への賛美を描いたものが多い。

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世界大百科事典 第2版の解説

しゃひょうしん【謝冰心 Xiè Bīng xīn】

1900‐1999
中国,現代の詩人,作家,児童文学者。福建省閩侯(びんこう)出身。本名謝婉瑩(えんえい)。筆名冰心女士,男士ほか。富裕な海軍将校の家に生まれ,山東で育ち,少女時代北京に出てミッションの貝満(ばいまん)女学校,協和女子大予科に学ぶ。予科在学中,五・四運動を経験,創作を始め,清新な新詩,散文,小説などによって新文学における輝ける星と目される。21年文学研究会に参加。23年アメリカ留学。26年帰国,燕京大学,清華大学,女子文理学院で教え,中日戦争中は雲南や重慶に在った。

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大辞林 第三版の解説

しゃひょうしん【謝冰心】

1900~1999) 中国、現代の女流作家。学名婉瑩えんえい、福建省の出身。五・四運動に参加、「二つの家庭」「超人」などで文壇に出た。米国留学後、燕京大学教授。「タオ-チーの夏休み日記」など、児童文学の作品も多い。シエ=ピンシン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

謝冰心
しゃひょうしん / シエピンシン
(1900―1999)

中国の女流作家。本名謝婉瑩(えんえい)。福建(ふっけん/フーチエン)省の人。北京(ペキン)の協和女子大学(のちに燕京(えんきょう)大学に合併)に在学中、五・四運動の影響の下に執筆を始め、1919年『この人ひとりやつれはて』などの「問題小説」によって一躍文名を知られる。21年文学研究会に参加。母の愛を賛美する「愛の哲学」を基調とした小説『超人』などを発表。23年アメリカのウェルズリー大学に留学、26年に帰国して燕京大学の教員となり、29年社会学者呉文藻と結婚。抗日戦争中は雲南に移ったが、46年駐日代表部員となった夫とともに来日、東大その他で中国文学を講じた。51年、革命後の中国に帰国した後は全国人民代表大会代表などの要職につくとともに、主として児童文学の分野で活躍、『タオ・チーの夏休み日記』『みかんの提灯(ちょうちん)』などの作品がある。82年末から『冰心文集』全5巻が刊行されている。その作品は平易で清らかであり、人生に対する一貫した探求的態度が率直に表現されている。[橋本草子]
『北岡正子訳「みかんの提灯」(『中国現代文学選集13』所収・1963・平凡社) ▽倉石武四郎訳「超人」「寂寞(じゃくまく)」(『現代中国文学11』所収・1971・河出書房新社) ▽倉石武四郎訳『タオ・チーの夏休み日記』(岩波少年文庫)』

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世界大百科事典内の謝冰心の言及

【児童文学】より

…魯迅も,中国の児童文学の発展のために外国の作品を翻訳し,また民話・古典など民族の文化遺産の生かし方に指導的な役割を果たした。その後,林蘭(りんらん)の名による民話の収集整理,老舎の長編《小坡の誕生日》(1930)をはじめ,巴金(はきん),謝冰心(しやひようしん),茅盾(ぼうじゆん),張天翼(ちようてんよく)らの創造活動によって前進をとげた児童文学は,中華人民共和国の成立後,国家的事業として飛躍的に発展しつつある。 新中国の児童文学を代表する張天翼の小説《羅文応の話》(1954),秦兆陽(しんちようよう)の童話《ツバメの大旅行》(1950),そのほか詩,劇,伝記,科学読物などさまざまなジャンルにわたって,革命後の成果が1954年の国際子どもデーに表彰された。…

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