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賈島 かとうJia Dao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

賈島
かとう
Jia Dao

[生]大暦14(779)
[没]会昌3(843)
中国,中唐の詩人。范陽 (河北省) の人。字,浪仙。初め出家して無本といい,のち還俗してたびたび進士の試験を受けたが及第せず,長江県 (四川省) の主簿から,普州 (四川省) の司倉参軍となって終った。出家のうちから韓愈に師事して詩名は高く,「賈浪仙体」とも呼ばれる一字一句に苦吟を重ねる詩風で,有名な「推敲 (すいこう) 」の語源とされる逸話を生んだ。それだけに表現がけわしく,伸びやかさに欠け,さむざむしているというので,同じ中唐の孟郊とともに「島寒郊痩」とも評される。詩集『賈浪仙長江集』 (10巻) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

かとう【賈島 Jiǎ Dǎo】

779‐843
中国,中唐の詩人。字は浪仙。范陽(河北省涿県)の人。貧窮のため僧侶となったが,韓愈に詩才を認められて還俗し,長江県(四川省)の主簿に任官。〈推敲〉の語源となった韓愈との出会いなど,苦吟を物語る逸話が多く,みずから〈二句三年に得,一吟双涙流る〉(〈詩後に題す〉)とうたう。同じ韓愈門下の孟郊とならべて〈郊寒島瘦〉といわれ(宋の蘇軾(そしよく)の評),苦い響きを帯びた作品が多い。【荒井 健】

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大辞林 第三版の解説

かとう【賈島】

779~843) 中唐の詩人。字あざなは浪仙。出家していたが、韓愈かんゆに詩作を認められ還俗。「推敲すいこう」の逸話は有名。 → 推敲

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

賈島
かとう
(779―843)

中国、中唐期の詩人。字(あざな)は浪仙。范陽(はんよう)(河北省)の人。初め僧となり無本と名のったが、のちに還俗(げんぞく)。長江(四川(しせん)省)主簿(しゅぼ)から普州(四川省)司倉参軍に転任し、843年(会昌3)に州の官舎で65歳の生涯を閉じた。「僧は推(お)す月下の門」の句が浮かんだものの、「推す」がいいか「敲(たた)く」がいいかと苦吟していて韓愈(かんゆ)の行列にぶつかり、「敲く」がよかろうと教えられたという「推敲(すいこう)」の故事は有名。五言律詩に長じ、「怪禽(かいきん)広野に啼(な)き、落日行人(こうじん)を恐れしむ」(「暮(くれ)に山村を過(よぎ)る」)といった荒涼とした詩句に特色がある。晩唐から五代にかけて多くの詩人が賈島の詩を学んだ。宋(そう)の蘇軾(そしょく)は、「郊寒島痩(そう)」(孟郊(もうこう)は寒々(さむざむ)とし、賈島は痩(や)せている)と評している。『賈浪仙長江集』10巻がある。[丸山 茂]

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世界大百科事典内の賈島の言及

【孟郊】より

…性格は狷介(けんかい)であったが,当時の代表的文人官僚韓愈とは終生親交を結び,韓愈を中心とするグループに属した。苦吟型の詩人で,その詩風は賈島(かとう)と合わせて〈郊寒島瘦〉と評される。とくに五言古詩に長じた。…

※「賈島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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