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賛美歌 さんびかhymn

翻訳|hymn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

賛美歌
さんびか
hymn

ギリシア語の hymnosに由来する神への賛美の歌で,カトリックでは聖歌という。諸言語による賛美の歌は宗教改革とともに盛んになり,ドイツ,イギリス,フランス,アメリカなどで多数作られた。プロテスタントでは賛美歌を信仰告白の直接的表現とみなし,会衆用賛美歌として,内容,形式とも自由な作品を主に賛美歌集を編み,カトリックでは典礼用聖歌を主に,20世紀に入って認められた会衆用の聖歌も含めている。両者の歩み寄りとともに共通部分がふえつつある。日本では,16世紀のキリスト教伝来からラテン語聖歌が中心であったが,カトリックでは,1933年『公教聖歌集』が編まれ,プロテスタントでは各派共通の『賛美歌』によった。現在は,54年に出された日本基督教団賛美歌委員会編のものと 67年に出された『賛美歌第二編』が多く用いられている。

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デジタル大辞泉の解説

さんび‐か【賛美歌】

hymnキリスト教会で、神を賛美し、信仰を励ます歌。聖歌。

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百科事典マイペディアの解説

賛美歌【さんびか】

神や聖人をたたえる歌で,古くは旧約聖書の《詩編》などがあるが,現在は,会衆一同が歌うために作られた民衆的なキリスト教の歌をいう。カトリック特定の典礼歌は〈賛歌〉と呼ばれる。
→関連項目リフレイン

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世界大百科事典 第2版の解説

さんびか【賛美歌 hymnus[ラテン]】

キリスト教における神や聖人に対する賛美の歌。ギリシア語のヒュムノスhymnosに由来し,賛歌と本来は同義であるが,賛歌がカトリックの特定の典礼歌を指すのに対して,賛美歌は民衆的な賛美の歌をいい,宗教改革後プロテスタントの賛美歌が多く作られた。礼拝や集会の際に,全会衆が唱和する賛美歌は,歌詞には自国語が用いられ,内容も旋律も平明で親しみやすく,民謡に類似した性格がおのずから求められる。 旧約聖書に散見される韻文は,《詩篇》とともに賛美歌の祖と考えられ,キリスト教がヘレニズム文化圏に伝えられた際の賛美歌の断片も残存するが,いずれも音楽の実体は不明である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

賛美歌
さんびか
hymn英語
Hymneドイツ語
hymneフランス語

キリスト教の神や聖人、できごとなどをたたえる歌。カトリック教会で用いられてきた賛歌と同義であるが、一般にプロテスタント教会の宗教歌をさす場合が多い。その源泉は、すでに『旧約聖書』の詩篇(しへん)やカンティクルcanticleとよばれる叙情的な歌(たとえばモーセの歌――「出エジプト記」15章1~18)にもみいだされる。[磯部二郎]

初期キリスト教時代~中世

初期キリスト教時代の聖歌の実態には依然不明な部分が多いが、パウロの書簡(「エペソ書」5章19、「コロサイ書」3章16)には、「詩篇」「賛美の歌」「霊の歌」の記述があり、これらは当時の聖徒によく知られていた歌の種類と考えられている。そのなかの「賛美の歌」(ギリシア語でヒュムノス)は、広義の「聖歌」よりもむしろ、聖書の原文を自由にパラフレーズするなどして創作された、音節的(一つの音節に1音符があてられる)詩歌とみられている。このキリスト教的ヒュムノスの発展に最初に貢献した土地はシリアで、3世紀以来多くの詩人を輩出した。なかでもエデッサ(現トルコのウルファ)のエフラエムEphraem(306ころ―373)は指導的存在で、キリスト教賛美歌の父といわれている。ヒュムノスの創作とそれを用いる典礼は急速にキリスト教世界に浸透していくが、とくにビザンティン帝国では、5世紀から11世紀ごろにかけて賛美歌創作のうえで繁栄をみた。
 一方、西方教会においても、ローマ司教権の増大に伴い、4世紀にはラテン語による賛美歌がつくられ始めた。とくにミラノの司教アンブロシウス(397没)は、ラテン語賛美歌の基礎を築いた人物として重要である。ラテン語による賛美歌はイムヌスhymnusとよばれたが、東方典礼においてヒュムノスがあらゆる聖歌に対して用いられたのとは異なり、聖務日課のなかで歌われた特定の聖歌をさすようになった。西方教会におけるイムヌスの歌唱は、長い間警戒されていたものの、典礼の統一・整備が進むにつれ、そこに取り入れられていった。キリスト教がヨーロッパ各地に伝播(でんぱ)していくと、民衆的な宗教歌ラウダlaudaをはじめ非典礼的な賛美歌が多数生まれるとともに、13世紀以後多声の賛美歌も作曲されるようになった。[磯部二郎]

宗教改革運動以降

このように中世以来の賛美歌の伝統は着実に受け継がれていくが、賛美歌創作に新たな情熱が吹き込まれたのは、16世紀の宗教改革運動によってである。神の前に信徒はみな祭司であるとする宗教改革の理念に従い、ルター以後ドイツ福音(ふくいん)教会においては、自国語による平易な会衆賛美歌(コラール)が多数生み出された。このコラールの旋律の起源には、従来のカトリック聖歌に拍子付けし、ラテン語をドイツ語に訳したものや、宗教改革以前から存在したドイツの宗教歌、ドイツの古歌をパラフレーズしたもの、および純粋な創作歌などがあり、礼拝用の音楽を狭い範囲に限定しなかったルターの信念がうかがえる。これに対し、フランスのカルバンは、礼拝において主要な地位を占めるべきは神のことばであるとして、創作歌としての賛美歌の使用に反対し、フランス語韻文訳の詩篇を用いた。
 自国語への詩篇韻文訳の試みはイギリスにも波及し、やがて創作賛美歌も数多くつくられるようになった。18世紀から19世紀にかけて、イギリスでは賛美歌の黄金時代を迎えたといわれている。またアメリカの賛美歌は、当初イギリスの影響を強く受けたが、19世紀ごろから独自の性格を示し始め、信仰復興運動による「福音唱歌」や、社会の改造に重点を置いた「社会的賛美歌」が生まれた。[磯部二郎]

わが国における賛美歌

日本における賛美歌は、カトリックの場合16世紀のキリシタン時代にさかのぼるが、1933年(昭和8)には『公教聖歌集』が生まれている。プロテスタントでは、1872年(明治5)のアメリカ人宣教師による邦訳の賛美歌以来、各教派がそれぞれ個別に賛美歌集を出していたが、1903年(明治36)には各派共通の『讃美歌』が誕生した。この歌集にはまだ英米賛美歌の影響が強かったが、1931年(昭和6)の改訂、さらに54年(昭和29)の改訂を経て、97年(平成9)に『讃美歌21』ができあがった。これは聖公会の『古今(こきん)聖歌集』とともに、日本のプロテスタント賛美歌の中心をなしている。[磯部二郎]
『セシリア・M・ルーディン著、安部赳夫訳『賛美歌物語』(1985・いのちのことば社) ▽大塚野百合著『賛美歌・聖歌ものがたり』(1995・創元社) ▽手代木俊一監修『明治期讃美歌・聖歌集成』全42巻(1996~98・大空社) ▽大塚野百合著『賛美歌と大作曲家たち』(1998・創元社) ▽手代木俊一著『讃美歌・聖歌と日本の近代』(1999・音楽之友社) ▽日本基督教団讃美歌委員会編『讃美歌21略解』(1998)、『讃美歌21(交読詩編付き)』再版(2000)、『讃美歌21選曲ガイド』(2001) ▽横坂康彦著『現代の賛美歌ルネサンス』(2001・以上日本基督教団出版局)』

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世界大百科事典内の賛美歌の言及

【キリスト教音楽】より

…改革派を基盤として新たに生まれた音楽は,《詩篇》の韻文訳に簡素な4声体の和声付けをした詩篇歌のみである。しかし,その音楽的スタイルが,あとに続くプロテスタント諸派の〈賛美歌〉の源流となった事実には,注目しなければならない。 プロテスタントの離反によって痛手を受けたカトリックは,17世紀に入ると,信徒の教化の手段として,当時新たに興って人気を集めていたオペラの劇的様式に注目し,それを宗教的題材に適用してオラトリオを創始した。…

※「賛美歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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