詩篇(読み)しへん(その他表記)Psalter
Psalms

改訂新版 世界大百科事典 「詩篇」の意味・わかりやすい解説

詩篇 (しへん)
Psalter
Psalms

旧約聖書の一巻を成す書物。古代イスラエル史の前王国期(前11世紀以前)のものから,王国期,捕囚期,捕囚後(前6~前3世紀?)までの1000年余にわたる各時代に作られた,主として宗教詩の集成である。ヘブライ語伝承本文では150編であるが,死海写本,《七十人訳聖書》では第151編があり,その他の古代訳ではさらに数編が加わる。150編が人為的・技巧的な数であることは,同一詩篇の重複(詩14と詩53,詩40:14~18と詩70),合成(詩57:8~12+詩60:7~14=詩108)などによってわかる。今日の《詩篇》は5巻(1~41,42~72,73~89,90~106,107~150)に分類され,各巻の末尾には頌栄が付けられており,これはモーセ五書(トーラー)の区分と対応させたものといわれる。その前段階に,《ダビデ集》《コラ集》《アサフ集》などの小歌集が存在し,それらが編集されて現在の形をとった。文学類型上は,古代イスラエルの背景をなす古代オリエントの宗教詩とも関連するが,ドイツの旧約学者グンケルは主要類型として,〈賛歌〉〈民族の嘆きの歌〉〈王の詩篇〉〈個人の嘆きの歌〉〈個人の感謝の歌〉を挙げ,そのほかに〈巡礼歌〉〈戦勝歌〉などの小類型を挙げた。《詩篇》の基本にあるのは,人間の苦悩の描写と訴えであり,それに対する神の救助の行為の報告と救助を行う恵みの神の描写が〈ほめたたえ〉となる。この祈りが《詩篇》の根底を流れている。
執筆者:

旧約聖書の150編の宗教詩による歌。古代イスラエル人の《詩篇》の歌い方はイーデルゾーンAbraham Zwi Idelsohn(1882-1938)らの研究があるが,グレゴリオ聖歌の原形と考えて大過はないようである。カトリック教会の典礼音楽の歌詞の大半は,古来《ウルガタ》のラテン語訳《詩篇》によるものであった。つまり,〈聖務日課〉では絶えず《詩篇》が歌われるのであり,ただミサの通常式文はこの限りではない。したがって,グレゴリオ聖歌においても,《詩篇》の歌はその基本であるといってさしつかえない。ローマ典礼における《詩篇》は〈詩篇唱(プサルモディアpsalmodia)〉と呼ばれる定式で唱和される。これには,(1)単純詩篇唱,(2)答唱詩篇唱,(3)交唱詩篇唱が区別される。その旋律定形が〈詩篇旋法(トヌス・プサルモルムtonus psalmorum)〉と呼ばれるものであり,冒頭の導入部,中間の保持音の部分と中間終止形,また保持音の部分を経てから,変化の多い終止部に至る。教会旋法に従って八つの旋法が区別され,さらに終止部には特別な種別があり,また中間の保持音が前半と後半で変化する例外もひとつだけある。《詩篇》の多声部作曲もノートル・ダム楽派ですでに行われ,フランドル楽派のオケヘム,オブレヒト,ジョスカン・デ・プレらを経て,ラッススの大作品に至る。ベネチア楽派的二重合唱曲も発展し,また通奏低音的書法の名作も生まれる。アレグリGregorio Allegri(1582-1652)の《ミゼレレ》は典礼曲であるが,J.S.バッハ,ヘンデル,ブルックナーなどでは〈詩篇曲〉と呼んでよい芸術的楽種が展開して,今日に及んでいる。プロテスタント教会ではルターも自国語訳を試みたし,カルバン派はとくに自国語訳《詩篇》を重んじ,押韻された詩篇歌集を生んだ。カトリック教会においては第2バチカン公会議に先立って,自国語による《詩篇》の歌唱がとくにフランスでイエズス会士ジェリノーJoseph Gelineau(1920- )らによって促進され,今日の日本における〈典礼聖歌〉は主としてその流れを汲むものである。この領域でも諸教会の一致の方向は,明らかになりつつある。
時課
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「詩篇」の意味・わかりやすい解説

詩篇
しへん
Tehillîm; Psalmi

旧約聖書中の一書。マソラ本文では「諸書」のうちで真理と呼ばれる詩歌書の第1書で,ヘブライ語で賛歌の意。セプトゥアギンタでは5文学書の第2書で,詩篇の名はこのギリシア語名 psalmos (歌集) による。この古代訳はマソラ本文との間にかなりのずれをもつが,最も重要な資料の一つである。 150の詩篇はモーセ五書との類比によって5巻 (1巻第1~41編,2巻 42~72編,3巻 73~89編,4巻 90~106編,5巻 107~150編) に分けられ,そのおのおのが賛美で終っており,第 150編は詩篇集全体を総括する賛美となっている。『詩篇』はダビデ以前 (前 11世紀) からマカベア期 (前1世紀) までの長期に及ぶ歌の収集であり,著者は大多数がダビデに帰せられているが,実際には共同体の祭儀のためにエルサレムの祭司やレビ人が作ったものらしい。詩篇集の主流をなすものは神への賛美であるが,統計的には嘆願の歌が最も多い。有名な王の詩篇と呼ばれているもの (2,20,21,45,89,110,132) は賛美と嘆願の性格をもち,その中核をなすメシア王の思想を,キリスト教の伝統では,アウグスチヌスの講解が示すように,イエス・キリストの予型とみるのが一般的である。『詩篇』の機能は祭儀的な性質のものであるが,この枠をこえてユダヤ教,キリスト教思想に大きな影響を与えている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「詩篇」の意味・わかりやすい解説

詩篇
しへん
The book of psalms

『旧約聖書』中の代表的詩文学。詩篇という名称のヘブライ語原語は「テヒリーム」tehillîm、つまり「賛美の書」の意である。5巻からなり、合計150篇を数えるが、このなかには重複する数篇がある。したがって現在の「詩篇」は、本来独立していた「ダビデ歌集」(3~41篇)、「エロヒム歌集」(42~83篇)、「ハレルヤ詩篇」(104~106篇ほか)、「エルサレムの都もうでの歌」(120~134篇ほか)などが集合したもので、現在の形に完結したのは紀元前3世紀のこと。これらは詩形の類型によって、賛美、民族の嘆き、個人の嘆き、感謝、信仰告白、という五つに分類される(H・グンケル)。「詩篇」には、神の語りと行為に応答する旧約信仰の対話的性格が、豊かな詩的構想力をもって表白されている(M・ブーバー)。それは時代と民族を超えて、広く人々の心の深奥に去来する、永遠を希求する思いに勇気と慰めを与えてきたヘブライ文学の最頂点を示している。

[吉田 泰]

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百科事典マイペディア 「詩篇」の意味・わかりやすい解説

詩篇【しへん】

旧約聖書の一書。英語で《Psalter》または《Psalms》。150の詩編,5巻からなる。〈賛歌〉〈嘆きの歌〉〈感謝の歌〉などに分類され,ダビデの作に帰されるものが少なくない。《詩篇》の朗唱,多声部作曲,自国語訳はキリスト教音楽史・文化史上重要なテーマ。
→関連項目啓典の民

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世界大百科事典(旧版)内の詩篇の言及

【キリスト教音楽】より

…イエスは十字架につく前に弟子たちと最後の晩餐をともにし,〈彼らは,さんびを歌った後,オリーブ山へ出かけて行った〉とある。ここで歌われたのは,旧約聖書の《詩篇》の歌(プサルモディアpsalmodia)であったと考えられる。その後,初期キリスト教の時代を通じて,キリスト教の中心は主として地中海の東方(オリエント)にあり,新たに作られる賛歌(ヒュムノスhymnos)の類を加えながら,シリア聖歌,アルメニア聖歌,コプト聖歌,ビザンティン聖歌など,それぞれ地方色をもつ典礼聖歌の伝統が形づくられていった。…

【時禱書】より

…時禱(正しくは時課)とは毎日の定時の祈禱をいう。
[起源,内容]
 時禱書の前身として,中世初期にもっとも一般的に使用された個人用祈禱書としての《詩篇》を重視する説と,聖職者用の聖務日課書(抄本)breviaryがその手本である,とする説がある。聖務日課書は,かつて聖書,賛歌,交誦,集禱文など数冊に分かれていたが,種々の便宜と目的のため12世紀にモンテ・カッシノ修道院などで1冊の抄本にまとめられ,以後急激にヨーロッパ各地に普及したものである。…

【宗教改革】より

…〈信仰義認論〉または〈福音主義〉と呼ばれるものがそれであって,〈ひとの救いは,行いによるものではなく,十字架のキリストにおける罪の贖(あがない)を信ずることのみによる〉という確信を根底としている。そのさい,ルターの個人的宗教体験に客観的な裏づけを与えたものは,とりわけ旧約聖書の《詩篇》と新約聖書のパウロ書簡(《ローマ人への手紙》《ガラテヤ人への手紙》)であった。〈九十五ヵ条〉で表明された彼の疑念と批判は,教皇が,贖宥状(免罪符)の購入のごとき外的な〈行い〉(功績)に免じて,信徒の罪そのものを赦す特別の力をそなえていると思うのは誤りであり,真の内的な悔い改めと,唯一の救い主キリストの御業(みわざ)に示される神の恩寵への,全面的な信仰によってしか魂は救われない,という根本的確信の帰結にほかならなかった。…

【パウンド】より

…アメリカの詩人。アイダホ州生れ。1908年にロンドンに渡り,先輩詩人のW.B.イェーツやT.E.ヒュームと交わり,英詩の変革を目ざしてイマジズムボーティシズムの運動を起こした。しかしイギリスの文壇にいれられず,詩集《ヒュー・セルウィン・モーバリー》(1920)を残して同地を去った。パリ時代には,J.ジョイスの出版を助けたり,T.S.エリオットやヘミングウェーの作品を指導したが,24年以降はイタリアに移り,叙事詩《詩編The Cantos》(1930‐69)の完成と,社会・経済問題に没頭した。…

【ユダヤ音楽】より

…(1)古代イスラエル時代(放浪期,王国期) この時代の音楽は,おもに旧約聖書から類推できる。旧約聖書には,音楽の始祖ユバルについての記事を筆頭に,預言の音楽,祈りの歌,仕事歌,儀式のための付随音楽,愛歌,哀歌,宴のようす,女性の歌と踊り,音楽治療(例:鬱病のサウル王のためにリラを弾くダビデ)など,この時代を通じての音楽状況に関するさまざまの言及がみられ,さらには,《紅海渡りの歌》《ミリアムの歌》《井戸の歌》などの歌の詞や,まとまった歌詞集成としての《詩篇》《雅歌》《哀歌》なども含まれている。旧約聖書にはまた多くの楽器名が登場する。…

※「詩篇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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