六訂版 家庭医学大全科 「賢い患者になるために」の解説
上手な医療の利用法
賢い患者になるために
(健康生活の基礎知識)
●医療の主人公は患者
賢い患者になるためには、「患者こそ医療の主人公」であることを、まず患者自身が確認する必要があると思います。
1998年、厚生省(当時)の「患者から医師への質問内容・方法に関する研究班」から『医者にかかる10カ条』が発表されました。これは医療消費者団体「ささえあい医療人権センターCOML」から小冊子となり、広く普及しています。10カ条は、サブタイトルとして、〈私たち一人ひとりが「いのちの主人公」「からだの責任者」〉であると強調しています。
〈医者にかかる10カ条〉
あなたが〝いのちの主人公・からだの責任者〟
①伝えたいことはメモして準備
②対話の始まりはあいさつから
③よりよい関係づくりはあなたにも責任が
④自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
⑤これからの見通しを聞きましょう
⑥その後の変化も伝える努力を
⑦大事なことはメモをとって確認
⑧納得できない時は何度でも質問を
⑨医療にも不確実なことや限界がある
⑩治療方法を決めるのはあなたです
●診療ノートに記入しよう
10カ条は平易な言葉で書かれていて、いまさら解説する必要はないでしょう。あえてつけ加えるならば、「診療ノート」を持参して、記録されることをすすめます。医者にかかる10カ条の1、7条も、メモをとることの大切さを強調しています。「診療ノート」といっても形式はこだわりません。携行に便利なように文庫本くらいの小型のノートがよいでしょう。
病院、診療所、歯科診療所へ行った時には、日付、医療機関名(診療所、歯科診療所、病院の名前)、医師の名前を書き、診療内容、検査結果、処方された薬の名前、薬の形(錠剤の色など)、副作用などを書き留めておきます。聞き取りにくかったり、わからなかったら、何度でも質問することです。検査のデータ、薬の名前などは数字やカタカナでわかりにくいものですから、医師にノートを渡して書いてもらってもよいでしょう。
「先生の前で診療ノートを記入するなんてちょっと勇気がいる」と思う人もいるかもしれません。そんなに大げさに考えないでください。よほど記憶力のよい人は別ですが、「GPTがいくら、尿酸値がいくら……」と、医師がいう数値を記憶することは困難です。それをメモするのに何の遠慮がいるでしょう。検査値、薬の名前は、当然ながら患者が知っておくべき大切な情報です。それを
検査結果などコピーをもらえるものはもらって、診療ノートに張り込んでおくとよいでしょう。手帳に書き留めておくと、医療事故に巻き込まれた時にも役立ちます。
●診察の前にメモをまとめておこう
診療ノートは、医師から与えられる情報をメモするだけではなく、こちらから伝えることもメモするとよいでしょう。外来を訪れた時は、医師に伝えたいことは簡潔なメモを前もって書いておき、それを見ながら要領よく医師に伝えるようにします。なぜこの病院を訪れたのか、自覚症状・病歴・薬歴(アレルギー症状も含む)などを的確に伝えるようにします。あなたの自覚症状、病歴を正しく伝えることから診療は始まるのです。あなたの正確な情報が、誤診や医療事故を防ぐ大きな力になります。
大病院の外来患者はものすごい人数なので、肝心なことを伝え、答えを聞くとなると簡潔なメモは欠かせません。予診票を書かせる病院も多いので、メモもそれと一緒に外来担当の看護師に渡しておくのも、ひとつの方法です。
医師もメモは歓迎する人が多くなりましたが、だらだらと書かれていたら読む気になりません。簡潔を旨として、箇条書きがよいでしょう。
●受診時のマナー
言わずもがなと思いますが、医療は医師あるいは看護師など医療スタッフとの信頼関係のうえに成り立っています。お互いに尊重し合う関係から医療は始まるのです。医師と患者、看護師と患者との円滑なコミュケーションがきわめて大切です。好ましい人間関係を築くには、まず挨拶が大切です。
これは患者ばかりの問題ではありません。医師のほうもパソコンの画面ばかり見て、ちっとも患者のほうを向かないという批判もありますが、医療者も患者も、医療の基本はコミュニケーションであることを忘れたくないものです。
女性に考えていただきたいことですが、受診時は化粧はしないことです。医師は顔色、肌の色つや、唇の状態を見て判断することもあります。濃い化粧などしていると、診察の妨げになります。また、聴診や触診も行うので、着脱のしやすい衣服を着用して受診しましょう。
●インフォームド・コンセント
インフォームド・コンセントは、医療を考えるうえで大切なキーワードのひとつです。医療はインフォームド・コンセントから始まるといっていいかもしれません。この言葉もおなじみになりましたが、復習しておきましょう。
インフォームド・コンセントは、直訳すれば「情報を与えたうえでの同意」、あるいは「知らされたうえでの同意」となります。日本医師会は「説明と同意」と訳しています。医療現場において、医師が患者に病状や治療方針などを伝え、患者の同意を得ることです。平たく言えば、医師が患者に対して病気に関する十分な説明を行い、そのうえで治療法などを患者が選択して同意することです。
一昔前は、医師の言うことは絶対的なもので、患者の同意など関係なく医療は進められたものです。それは医師が主体の医療であって、患者が主人公の医療ではありません。医師と患者が医療情報を共有して、患者が納得したうえで治療をしていくためにインフォームド・コンセントが必要になるのです。いのちの主人公、体の責任者は患者自身であるということが、まず前提にあります。
しかし日本では、すべての医師、病院が本当にきちんとインフォームド・コンセントを行っているとは残念ながら言えないようです。医師のなかには、インフォームド・コンセントを単なる儀式と考えている人がいます。型通りの説明をして、これでこと足れりとする医師もいます。そんな形式的なものはインフォームド・コンセントとはいいません。
医師の説明に対して納得の行くまで繰り返し質問することが大切です。質問することはあらかじめ「診療ノート」などにまとめておきましょう。医師の説明もきちんとメモをとることが大切です。医師が患者に伝えなくてはならないことは、最低限、次のようなことです。
①患者の病名、病状を正しく伝える。
②治療に必要な検査の目的を正しく伝える。
③治療のリスクや予想される副作用などを伝える。
④治療法や処置の成功の確率を説明する。
⑤その治療法や処置に代替の方法があれば伝える。
⑥これらの治療を拒否した場合、どういう結果になるか伝える。
ここで注意しておきたいことは、治療に伴うリスク、成功率など、患者にとって好ましくない情報は、医師はあまり話したがらない傾向があるということです。
仮に、あなたが外科医に手術をすすめられている場合を考えてみましょう。
日本の外科医は、「手術をしたほうがいい」「手術をしないと助からないよ」と、手術に誘導するケースが多いといわれています。もちろん外科医は善意ですすめるのですが、インフォームド・コンセントは、患者が自分の治療法を自分で決定するためにあるのです。「先生にすべておまかせいたします」という態度はとるべきではありません。
医師に手術をすすめられた時は、次のようなことを聞きましょう。
①手術は本当に必要なのか、納得のいくまで聞きましょう。
②手術以外の治療法(代替の治療)はないのか、聞きましょう。「薬では治らないのか」「放射線治療では治らないのか」など、手術以外の治療法を具体的に聞くのです。
③手術をした場合の死亡率を聞きましょう。治療には臨床指標というものがあります。この手術は何%の確率で失敗しているという数字があるので、この数字を聞きましょう。
④合併症の種類と、その罹患率を聞きましょう。
⑤軽快および治癒率を確かめましょう。
⑥手術を担当する外科医は、これまでこの手術を何例執刀し、何%の成功率かを質しましょう。
以上の質問には答えないで、「私を信用できないのか」と怒るようならば、その医師は見限る必要があるかもしれません。
●セカンド・オピニオンを求めよう
「セカンド・オピニオン」(第二の意見)という言葉も、インフォームド・コンセントと同様におなじみになってきました。自分の担当医からの説明だけでは納得のいかない場合、あるいはほかにもっとよい治療法があるのではないかと考える場合、なかなか症状が改善しない時などに、他の医師の意見、つまり「第二の意見」を聞き、参考にするということです。
具体的には、他の病院に行って別の医師の意見を聞くか、電話相談を行っている医師の意見を聞いたりします。現実的には、こうした相談所はまだごくわずかしかありません。他の病院を受診することが、セカンド・オピニオンを求めるためのごく一般的な方法です。
他の病院に行ってセカンド・オピニオンを求めようとする時、担当医に内緒で行かないことです。担当医に「セカンド・オピニオンを求めたいと思いますから……」とはっきり意思表示をして、あなたの医療情報を開示してもらうことです。病状を詳しく書いた紹介状、検査データ、X線写真のコピーなどをもらいます。
検査のデータ、X線のコピーなどを持っていかないと、最初から検査のやり直しということになります。これは単なる医者のはしご、ドクターショッピングです。第二の医師がすぐに意見の言えるようなデータをそろえてもらいましょう。最近は、セカンド・オピニオンを望む患者には気持ちよくデータを出してくれる病院が増えてきました。
なかには「セカンド・オピニオンを求めたい」と言うと、「手遅れになるよ」とか、「手術を早くしないと大変なことになるよ」という医師もいないでもありません。しかし、これだけは強調しておきます。あなたの命がかかっているのです。遠慮は禁物、セカンド・オピニオンを求めたいと思ったら、ためらわず実行しましょう。
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報