売買契約の申込みや承諾,遺言などのように,一定の私法上の法律効果の発生を意欲する意思をもち,それを他人に知らせるために外部に表示する行為であり,その意思の内容どおりの法律効果の発生が法律によって認められているものである。意思の通知,観念の通知,感情の通知などの準法律行為が,行為者(通知者)の意思・意欲とは無関係に法律上の効果を生ずるのとは異なる。
この意思表示は,〈私的自治の原則〉(私人間の法律関係は原則として,その当事者たる私人みずからをしてその欲するところにしたがって決定し形成させるのが合理的であるとする原則)の法律上の手段である法律行為に欠かすことのできない要素をなすものである。このため意思表示は,私人が自己の法律関係をみずから定めることができるという要請に直接かかわるものである。
ところで,人が意欲したことを外部に表示するというのは,人の精神作用であり,これを心理的経過に即して分析すると,(1)事業をしたい(動機)→(2)資金が必要だ(動機)→(3)土地を500万円で売却しよう(効果意思)→(4)売却することを相手方に言おう(表示意思)→(5)〈土地を500万円で買ってくれないか〉と相手方に表示(表示行為)の順序で形成される。意思表示は,そのうちの(3)~(5)の部分を意味する。そこでは,(1)(2)という動機は除外されている。また通説では,(4)の表示意思も重要ではないとされている。このため,意思表示を構成するのは,〈効果意思と表示行為〉であり,この内容どおりに法律効果が発生することになる。
意思表示から動機が除外されたのは,法的行為を原因関係(動機)と結びつけるという危険から解放し法的安定性を確保すること,取引の安全を保護する要請のもとに概念的,没価値的な論理による法秩序を確立することで,究極的には産業資本主義社会における商品交換過程を保護し推進するという目的を遂行するためである。これは,19世紀におけるドイツ民法理論の産物である。契約の効力がその当事者の動機によって左右されることは,取引の安全からみて妥当でない。このため,動機は意思表示を構成するものではないとする考えは,今日も,原則として維持されている。ただ,この結果,契約にあたって,自己危険負担の原則を生み出し,経済取引などについての専門的知識を十分には持ち合わせていない者(消費者など)に過酷な法的責任を課することにもなってしまう。そこで,今日,クーリング・オフ制度などによる保護が要請されてきている。かつ,基本的には,動機は人間行動の原動力となる部分であり,人間の人間たる部分でもあることから,この部分を取り去った残りの部分において法的安定性を求め,取引の安全を図るという考えは,人間性を法的評価の枠外に置き去ることになる。そこで,法において人間性の回復をめざすという見地から,再考が求められてきている。
また,意思表示は効果意思と表示行為から構成されているという場合に,いずれが本体かにつき見解が分かれている。行為者の内心の効果意思が本体で,これに応じた法律効果が生ずるとする考え(意思主義)と,表示行為が本体で,これを純粋に客観的に観察するのが正当とする考え(表示主義)がある。前者は,個人の心理的意思が法律効果を生ずる主権者であるとする自然法的な意味での個人意思自治の観念にもとづくものであり,後者は,意思表示は個人間の生活関係を妥当に規律する規範を作るものだとする理論にもとづくものである。今日では,後者が主流を占めているが,前者への復帰も強く主張されてきている。さきの動機の扱いと基本的には共通する。なお,この見解の分れは,瑕疵(かし)ある意思表示や意思と表示の不一致の場合に法律上の効果を認めるべきかどうかの問題に関連して,法理論上の差異を生み出す。
意思表示を構成する〈効果意思〉は,ある一定の法律効果を発生させることを欲する意思であるため,友人間の懇親会出席の約束,宗教上の約束,いわゆる紳士協定などはそれにあたらない。効果意思が行為者の内心において存在する場合が内心的効果意思であり,このような意思は,外部から認識することは不可能で,表示行為を通して推測されるよりほかない。それを表示上の効果意思という。〈表示行為〉は,内心的効果意思を表示する外形的行為で,言葉・文字などによるのが普通であるが,挙動でもよいし,沈黙など不作為でもよい。ただ,表示行為も人間の精神行為であるから意識的になされなければならない。寝言や睡眠中の挙動,暴力的強制にもとづく挙動などはこれにあたらない。
意思表示は,公法上,国際法上の行為についてもいわれるが,重要なのは上述した私法上のものである。
→意思主義・表示主義
執筆者:伊藤 進
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
契約の申込みや承諾、遺言(いごん)などのように、一定の法律効果を発生させようと欲してその意思を外部に表す行為をいう。遺言などのようにそれだけで法律効果を生じるものと、契約などのように他の意思表示(申込みに対する承諾)といっしょになって初めて法律効果を生じるものとがある。意思表示が欲したとおりの効力を生じるには、実現が可能なもので、その内容が確定でき、かつそれが違法でなく、公序良俗に反しないことなどが必要である。
[高橋康之]
意思表示は、効果意思(自分の家を売ろうとする意思のように、一定の法律効果を欲する意思)と、表示行為(効果意思を外部に表現する行為)の二つの要素から成り立っており、そのいずれかが欠けるときは意思表示は成立しない。この両者が食い違った場合、どちらに重点を置いてその意思表示の法律上の効果を決めるべきかが問題になる。日本の民法では、効果意思と表示行為とが食い違う場合(意思と表示の不一致、あるいは意思の欠缺(けんけつ)という)として、心裡留保(しんりりゅうほ)、虚偽表示、錯誤(さくご)の三つについて規定しているが、ある場合には表示行為に重きを置き(表示主義)、ある場合には効果意思に重きを置く(意思主義)というように、折衷的な立場をとっている。
[高橋康之]
単独虚偽表示ともいう。意欲していることと表現していることの食い違い(意思と表示の不一致)を自分で意識しながら、うその意思表示をすること。たとえば、その気もないのにある物を売りたいというような場合などで、その場合には、うそをいった表意者を保護する必要もないし、取引の安全ということも考えて、表示に従った法律効果を生じさせることとしている。ただし、相手方がうそであることを知っていたり、普通の注意をすれば当然うそであることがわかる場合には法律効果は生じない(民法93条)。
[高橋康之]
相手方と通じて、うその意思表示をすること。たとえば、自分の土地に対する差押えを免れるために、友人と通じてその土地を友人に売ってしまったことにするなどのような場合で、その当事者の間では売買契約は無効である(したがって、その土地は友人の所有にはならない)。しかし、その土地を友人のものだと信じて買った人(善意の第三者)は保護する必要があるので、この人に対してはその無効であることを主張できない(民法94条)。単独虚偽表示(心裡留保)に対して通謀虚偽表示ともいう。
[高橋康之]
表意者が思い違いをして行った意思表示。100万円で売るつもりで10万円といい誤ったり、ポンドとドルを同じだと思って、ポンドというべきところをドルといった場合などがこれにあたる。この場合、思い違いがなければ、とうていそのような法律行為をしなかったはずだと認められるほど重大な思い違いであれば、意思表示は無効となる。ただし、表意者に大きな不注意があったときは、自ら無効を主張することはできない(民法95条)。
なお、意思と表示とが一致しても、意思表示が他人の詐欺や強迫によってなされたものであるとき(瑕疵(かし)ある意思表示という)は、その意思表示は取り消すことができる(民法96条1項)。ただし、詐欺による場合の取消しは、詐欺が行われたことを知らずに取引関係に入ってきた第三者に対しては取消しを主張することはできない(民法96条3項)。
[高橋康之]
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…意思表示は,行為者がみずから欲したところにしたがって法律効果を生じさせるための根源である。この意思表示は,内心的効果意思と表示行為とで構成されているため,法律効果発生の本体はいずれかが問題になる。…
※「意思表示」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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