翻訳|taxis
生物がある外界刺激に対して,一定の方向をもった運動をする現象。taxisの語源はギリシア語で,〈秩序づける〉,転じて〈定位する〉という意味。例えば,ガその他の虫が光に向かって飛んできたり(光(ひかり)走性または走光性),魚が流れに逆らって泳いだり,トンボやガが風に逆らって飛んだりする(流れ走性,走流性,走風性)現象がそれにあたる。刺激の種類によってこのように光走性,流れ走性と呼ばれるが,このほか,においのある化学物質に対しておこる化学走性(走化性--ハエなど多くの昆虫にみられる),一定の音に対する音響走性(走音性--カなど),重力走性(走地性--カタツムリなど),一定の温度あるいは湿度の場所に集まってくる温度走性,湿度走性(走温性--ゾウリムシなど,走湿性--ミミズなど)など,生物にはさまざまな走性が認められる。多くの植物は,体全体が移動することがないので走性は認められず,体の一部を刺激に対して一定の方向に向ける屈性がみられる。運動が刺激の源に向かっておこるものを正の走性,刺激源から遠ざかる方向におこるものを負の走性という。ガが光に集まってくるのは正の光走性であるが,ウジなどは光から逃げる負の光走性を示す。カは異性の羽音に対しては正の音響走性を示すが,超音波に対しては負の走性をあらわす。
走性は外界刺激に対する生物の機械的な反応の結果であって,その生物がその刺激を好んでいるとか嫌っているためにおこるものではない。走性が現れるしくみには,大きくいって二つある。一つは,生物が直接その刺激に対して一定の方向をとって動くわけではないが,結果的にそのような方向性が生じる場合である。例えば,ダンゴムシという陸生の甲殻類は暗いところに集まるが,彼らはまっすぐそこを目ざして歩いていくわけではない。彼らは明るいところではひじょうに活発に,かつ頻繁に方向を変えながら歩き回る。しかし,暗いところでは歩き方がゆっくりとなり,そこにとどまる傾向が強くなる。その結果ダンゴムシたちは,暗い場所に集まってしまう。温度や溶けている化学物質にこう配がみられる水中では,ゾウリムシは温度または物質濃度がある範囲内にある部分に集まる。泳ぎ回っているうちにたまたまその範囲に入ったゾウリムシは,その境目にくると,内側へ向けて方向転換するために,結局その範囲から外へ出られなくなって,そこに集まることになるのである。このようなしくみでおこる走性をキネシスkinesis(または無定位運動性)という。
もう一つは,刺激に対して直接ある方向をとって動く場合で,狭義の走性(または前者と区別するために指向走性(またはトポタキシスtopotaxis))という。これにはいくつかの異なるしくみがある。第1は,ハエの幼虫(ウジ)にみられる負の光走性がそのよい例である。ウジには対になった目というものがなく,体の前端部背面に感光細胞が散らばって存在する。ウジは体の前端を左右に振り,左側へ振ったときと右側へ振ったときとに感じた明るさを比較して,両者が同じになるように向きを調整しながら光源から遠ざかってゆく。このような機構による走性をクリノタクシスklinotaxis(屈曲走性)という。光合成を行う原生動物ミドリムシが,光のあるところに集まる正の光走性も,クリノタクシスである。
第2はこれと同じことを左右対になった受容器によって行うもので,トロポタクシスtropotaxis(転向走性または刺激相称性)とよばれる。昼行性の昆虫の正の光走性はこれのよい例で,両側の複眼にあてる光の強さが同じになるように左右の羽が動くという反応の結果,虫は光源に集まってくるのである。水面に浮いた食物あるいは異性から反射してくる水波に対するアメンボやミズスマシの正の振動走性(走波性)も,トロポタクシスの例である。光に対するトロポタクシスでは,片方の受容器を失った動物は上方からの散光の下で円周運動を行う。
第3は魚の正の流れ走性(走流性)にみられるもので,魚は水底の石のような目標物の像を目の網膜上の一定の部位に保つように泳ぐ。その結果,魚は流されてしまわずにいられる。このようなしくみによる走性をメノタクシスmenotaxis(保留走性または対刺激性)という。夜,光に集まる多くの昆虫の正の光走性もこれに属し,光源の像をどちらかの目の網膜の一定点に保つように飛ぶために,昆虫は光源に対して一定の角度に体軸を保ちながら,弧を描いて光源に近づき,光源の周りをぐるぐると旋回する(これを光コンパス運動という)。
走性にはこのほかにもいくつかの機構が考えられるが,いずれもその刺激に対する受容器-神経系-運動器系のきわめて機械的な生得的反応によるもので,好き嫌いとは関係がない。現実の自然界において,生物とくに多くの動物は,上述のような走性によって,食物,異性,その他,彼らの生存に必要な対象を手に入れることが可能になっている。それと同時に,動物の行動がすべて走性ないしは走性の積重ねで説明できると考えるのはまったく誤りで,かつて走性をくわしく研究したJ.ロイブは,人間の恋愛をも走性の一種とみなしたが,これはナンセンスである。
→行動
執筆者:日高 敏隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物が外部からの刺激に反応し、刺激源に対して方向性をもった移動運動を行うことをいう。この移動運動の結果、生物が刺激源に近づく場合を正の走性、遠ざかる場合を負の走性という。また、刺激の種類によって、走化性(化学物質が刺激となる)、走光性(光)、走熱性(温度)、走電性(電流)、走触性(物理的接触)、走地性(重力)、走湿性(湿度)、走流性(水流、気流)などが区別される。
[高橋景一]
走性ということばは、厳密には生物の個体が体軸を刺激源に対し一定の方向に向けて(定位して)移動運動を行う場合に限って用いるべきであるとする考えがある。このような走性は、狭義の走性、または指向走性(トポタキシスtopotaxis)ともよばれ、その定位機構によって次のように分けられる。(1)転向走性(トロポタキシスtropotaxis) 感覚器官、神経系、運動器官が、左右対称に配置された動物にみられる走性で、左右の感覚器官が受ける刺激の強さに差があると、感覚器官と運動器官とを結び付けている神経系の作用によって左右の運動器官の活動に差が生じ、両側の感覚器官が均等な刺激を受けるようになるまで体軸が回転する。左右の感覚器官が受ける刺激が均等になると、体軸の回転は止まり、動物はその方向に直進する。転向走性は、光や重力のようにはっきりとした方向性をもつ刺激に対する反応としてみられるもので、単一の刺激源に対しては直進し、二つまたはそれ以上の刺激源がある場合には、それぞれの強度と方向とを合成した経路に沿って進む。光に対する転向走性を示す動物の片方の目を黒く塗りつぶすなどして機能を失わせ、一様な散光照明の下に置くと、正の転向走性を示すものでは失明した側から遠ざかる方向に、負の転向走性を示すものでは失明した側に向かう方向に、ぐるぐると円を描いて運動し続ける。(2)屈曲走性(クリノタキシスklinotaxis) ハエのウジは、蛹(さなぎ)になる前に、はっきりとした負の走光性を示し、暗い所へ向かって進む。このとき、ウジは前端部を左右に振り、後方からの光が左右の側面に交互に当たるようにする。左右に当たる光の強度が等しければ光源からまっすぐに遠ざかっていく。これは、体軸が傾いていると、片側に当たる光の強度に応じて前端部が反対側に大きく振れることによると考えられている。この場合、左右に体を振ることが前進方向を決定する機構のなかで重要であり、転向走性のような感覚器の対称的配置はかならずしも必要でない。(3)目標走性(テロタキシスtelotaxis) 走光性において、転向走性や屈曲走性のように感覚器官に対する左右の刺激強度のバランスを必要とせず、一方の目だけでも目標に向かって進むものをいう。明暗だけでなく、対象物の像を見ることのできる目(カメラ眼)をもつ動物にみられる。目標走性では、同時に複数の刺激源があっても、転向走性のようにその作用は合成されず、中枢神経系の働きによって、一つの刺激源を除いて他はすべて無視される。
以上のような狭義の走性は、比較的単純な体制をもつ動物や、単細胞生物において明確に認められるもので、その生物に遺伝的に備わった定型的行動とみなすことができる。
[高橋景一]
狭義の走性とは違って、刺激源に対する個体の定位がなくても、刺激源に近づいたり刺激源から遠ざかったりする反応がおこる場合がある。このように、刺激によって、生物の移動運動に体軸の定位を含まない変化が生じる現象はキネシスkinesisとよばれる。広義の走性にはキネシスによるものが多い。
大腸菌やサルモネラ菌などのバクテリアは、螺旋(らせん)状の鞭毛(べんもう)を回転させて水中を泳ぐ。水中に糖やアミノ酸のような物質があると、その濃度上昇を感じる方向には滑らかに泳ぎ続けるが、泳いでいて濃度下降を感じると、鞭毛運動の一時的な乱れによる方向転換が頻繁におこるようになる。この方向転換自体は無定位的なものであるが、このような反応の結果、バクテリアは糖やアミノ酸の濃度の高い場所にしだいに集まってくる。すなわち、正の走化性を示す。この例のように、刺激によって方向転換の頻度や程度が変化するキネシスをクリノキネシスklinokinesisとよぶ。これに対し、刺激によって方向転換ではなく前進運動の速度に変化が生じるキネシスはオルトキネシスorthokinesisとよばれる。ワラジムシは、乾燥した所では速く、湿った所では遅く前進する。これは湿度によるオルトキネシスの例で、ワラジムシが乾いた場所を避け湿った場所に集まるのを助けている。
広義の走性は、生物の個体ばかりでなく、多細胞生物の個体を構成する細胞や生殖細胞においても認められ、生物が生きていくうえで重要な意味をもっている。白血球は走化性によって炎症部や体内の異物に集まる。精子には走化性によって卵細胞に到達するものがある。細胞粘菌類に属するタマホコリカビでは、走化性によって多数のアメーバ細胞が集合し偽変形体を形成する過程が詳しく研究されている。高等生物の形態形成にも細胞の走性が重要な役割を果たしていると考えられる。
[高橋景一]
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…〈分類〉とは文字どおり,対象を類に従って(似たものをまとめて)分けることであるが,〈類別〉とは違って,全体を共通性に従って大きく分け,分けたものをさらにまた共通性に従って細分し,これ以上分けることのできない個体の一つ手前(種という)まで順次分けていって段階づけ,体系化することをいう。 分類するという営為はおそらく人類の歴史とともに古く,植物や動物にすでに見られるように,自分と同類のもの(とくに異性)とそれ以外のものに分けることが始まりであったと見られる。…
※「走性」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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