江戸中期の洋方産科医の鼻祖。武家の井上正広の子として江戸に生まれる。薩摩(さつま)藩医足立梅庵(ばいあん)に師事し、その養嗣子となった。多紀元簡(たきもとやす)(桂山(けいざん))に漢方を、加賀藩医吉田長淑(ちょうしゅく)(1779―1824)に蘭学(らんがく)を学んだ。篠山(ささやま)藩医になったこともあるが、洋方産科医のいないのを憂えて自ら修業し、一家をなした。門人には牛痘研究者の井上宗端(そうたん)(1785―1861)や順天堂の開祖で佐倉藩医の佐藤泰然らがいる。内科医書『医方研幾』『産科礎(いしずえ)』などを記述した。
[末中哲夫]
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ドンド焼き,サイト焼き,ホッケンギョウなどともいう。正月に行われる火祭の行事で,道祖神の祭りとしている土地が多い。一般に小正月を中心に 14日夜ないし 15日朝に行われている。日本では正月は盆と同様魂...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新