日本歴史地名大系 「身延道」の解説
身延道
みのぶみち
駿河と甲斐甲府を結ぶ道。甲州側では駿州往還・
このうち第二の道筋は、とくに戦国期に武田氏の支配が駿河にまで及んで穴山信君が
身延山への道程は、興津筋の場合は宍原へ四里、万沢へ七里、南部へ一〇里、身延までは一三里であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
駿河と甲斐甲府を結ぶ道。甲州側では駿州往還・
このうち第二の道筋は、とくに戦国期に武田氏の支配が駿河にまで及んで穴山信君が
身延山への道程は、興津筋の場合は宍原へ四里、万沢へ七里、南部へ一〇里、身延までは一三里であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...